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『星ヨミ樹の世界』 第6話 樹が舞った日

#創作大賞2026  #ファンタジー小説部門

第6話 樹が舞った日

時告げ草は、
沈黙したままだった。

雪洞草の灯りも、
眠り苔のふくらみも、
細い蔓の震えも、
少しずつ静まっていく。

けれど、
フィオナの胸の奥だけは、
まだ小さく脈打っていた。

ドクン。

リーン、
さらさら、
リーン

たしかに響いている。
フィオナは、胸に手を当てた。

「……なに……?」

自分の中に、
知らない何かが
眠っているようだった。

ナビエルはゆっくりと
フィオナを見つめた。

「今の反応は、君か」

「わからないです。……すみません」

フィオナは小さく首を振る。

「わたし、なにも……」

言い終える前に、
また胸の奥が脈打った。

ドクン。

リーン、
さらさら、
リーン

今度は、硝子窓の向こうで
何かが大きく震えた。

リーン――

風ではない何かが、
光の粒とともに吹き抜けていく。

観測舎の硝子が、かすかに震えた。
足もとにまで、見えない波が伝わってくる。
だれも声を出せなかった。

雪洞草の灯りがいっせいに揺れた。
眠り苔がざわめく。

シロルの耳が、ぴんと立つ。

「な、なに?」

ミロの毛が、ふわりと逆立った。

「外だ!」

ナビエルは、
温室の大きな硝子窓へ歩み寄った。

フィオナも、はっと顔を上げる。

窓の向こうで、
星ヨミ樹が光っていた。
いつもより、ずっと強く。

幹をめぐって、
白い光の筋がひとつ、
またひとつと浮かびあがる。

幾重にも重なった白銀の葉が、
ゆっくりと、翼みたいにひらいていく。

「信じられない……」

フィオナの声が震えた。

根元の土が、崩れる気配はなかった。
大地を裂いているのでもない。

ただ、太い根の輪郭が、
少しずつ白い光へと変わっていく。

地面に触れていたはずの根が、
ほどけるように淡くなり、
大地とのあいだに、
無数の星の粒が流れはじめた。

それは、根が抜けていくというより、
星の光に抱き上げられているようだった。

やがて、星ヨミ樹の幹が、
音もなく、ほんの少しだけ地面を離れた。

空気が変わる。

昼の光の中に、
夜明け前のような青白さが混じった。

白銀の葉が、ふわりと波打つ。

巨大な樹なのに、
その動きは驚くほど静かだった。

それは、樹が動いたというより、
大きな白銀の鳥が、
長い眠りから目を覚まし、
空へ舞い上がる瞬間のように見えた。

リーン、
さらさら、
リーン

白銀の葉をひらき、
光の根をふわりとほどきながら、
星ヨミ樹はゆっくりと
観測舎のほうへ近づいてくる。

大きな窓から遠くに見えていた樹が、
白銀の葉を羽ばたかせるように、
少しずつこちらへ近づいてくる。

「き、樹が……こちらに来てます」

フィオナの声がかすれる。

「飛んでる……?び、びっくり」

シロルが叫ぶ。

「……こんなの、見たことない!」

ミロは目を丸くしたまま、
しっぽをぴんと立てた。

「お、驚きだよ。
こんなの今までの記録にない」

ナビエルは何か考えているようだったが、
何も言わなかった。
ただ、星ヨミ樹を見つめていた。

星ヨミ樹が近づくにつれて、
巨大な枝影が、
観測舎のドーム硝子いっぱいに
ひろがっていった。

昼の光が、少しずつ薄れていく。

窓辺にいたシロルが、長い耳をぴんと立てた。

「なんだか、耳も毛もチリチリする!」

「な、なんてこった!」

ミロの灰色の背中も、
青白い光をまとっていた。

硝子の向こうで、
白銀の葉の一枚一枚が、
大きく、静かに揺れている。

それは、森の中心に立っていた時よりも、
ずっと大きく見えた。

近づいてくるたびに、
観測舎の中の空気まで、
樹の気配に満たされていく。

ドーム硝子に映った白銀の葉影が、
ゆっくりと床の上を流れていった。

青白い光が、
フィオナの手の甲を照らし、
ナビエルの横顔を淡く染めていた。

フィオナは、
胸の奥でまだかすかに響いている
音を感じながら、
その光景から目を離せなかった。

リーン、
さらさら、
リーン

やがて星ヨミ樹は、
白い鳥が水面に触れるように、
観測舎のすぐそばへ降り立った。

白く、細く、長い光る根が、
ゆっくりと大地へ沈み、
星の粒がほどけるように消えていく。

……リーン。

ぴたりと音が止む。

そして観測舎のすぐ横に、
星ヨミ樹が立っていた。

まるで何事もなかったかのように。

さっきまで森の中心にいたはずの樹が、
今はすぐそばで、
フィオナたちを見下ろしていた。

信じられない光景に、
しばらく誰も動けなかった。
みんな、ただ星ヨミ樹を見つめていた。

白銀の葉は、
昼の光を受けて、
きらきらと青白く光っていた。

ナビエルは思わず、
フィオナの肩をつかんだ。

「……なぜだ。
星ヨミ樹が君に反応している。
あの時もそうだった」

フィオナはナビエルを見つめたまま、
何も言えなかった。

シロルが、ぴょこりと窓辺へ近づいた。

「びっくり!」

長い耳が、そっと揺れる。

「すごく近いよ。いつもより、ずっと」

ミロがしっぽを低く揺らす。

「鳥みたいに飛んできたね」

フィオナは星ヨミ樹を見つめた。

すでに胸のざわめきは薄れ、
その代わりにずっと深いところで、
懐かしい何かが目を覚ましたような
気がした。

「……そばに来てくれたのですね」

その言葉は、
フィオナの口から自然にこぼれた。

ナビエルは、フィオナの肩から手を離した。
それから、いつものように指先を動かす。
空中に星字が浮かんだ。

けれど、その横顔には、
まだ抑えきれない緊張が残っていた。

星ヨミ樹の移動。
根が光に変わったこと。
フィオナ周辺の反応。
時告げ草の沈黙。

ひとつひとつを記録して、
過去の記録と照らし合わせていく。

そのときだった。

星ヨミ樹の枝先が、
大きく空を打つように揺れた。

白銀の葉がひらき、
昼の空なのに、
夜のはじまりみたいな
青白さが辺りに広がっていく。

ナビエルの顔色が、
ほんのわずかに変わった。

「……兄さん」

その声は、いつもより少しだけ硬かった。

シロルの耳が、ぴたりと止まった。

「あ!」

ミロのしっぽも止まる。

次の瞬間、
星ヨミ樹の光のなかに、
もうひとつの影が現れた。

空から降りてくるというより、
光の裂け目から、
姿をあらわしたように見えた。

長い銀髪。
金の瞳。
白を基調に、
細い金の線を走らせた衣。

すらりと背が高く、
ただ立っているだけで、
目をそらせなくなるような美しさがあった。

ナビエルの瞳が、
星屑を宿した青なら、
その青年の瞳は、
月の光を閉じ込めたような
金色だった。

シロルの耳が、
ぱたぱたと揺れた。

「ユキ!」

光の中から現れた美青年は、
まず星ヨミ樹へ目を向けた。

それから、
ナビエルへ視線を移した。

そして最後に、
まっすぐフィオナを見つめた。

その金の瞳はとても深く、
すべてを見透かしているように思えた。

圧倒的な存在感。

昼の光の中で、
星ヨミ樹の白銀の葉が、
よく知る者を迎えるように、
音もなく揺れていた。

第7話「月光と金の瞳」に続きます。

♪おまけ♪
第6話「樹が舞った日」イメージイラスト

白銀の鳥のように空を舞い、
観測舎へ近づいてくる星ヨミ樹。
翼のような葉と、宙に浮かぶ光の根。
フィオナたちは、
その光景を息をのんで見つめた。

 AIを活用し、加筆・調整を行って制作。
世界観・設定・監修:Lunavi / minamiayako

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