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『星ヨミ樹の世界』 第17話 推し活、地球

#創作大賞2026  #ファンタジー小説部門

第17話 推し活、地球

温室の硝子には、
細かな夜露がまだ残っていた。
昨夜、星露守りたちが歩いていた場所だ。

朝食を済ませても、
フィオナは温室の奥が
気になってしかたなかった。

星露守りたちの家があった
白木の下まで来ると、
フィオナは少し背伸びをした。

枝の奥は、朝の光にまぎれてよく見えない。
夜にぽわぽわと灯っていた明かりも、
今はどこにも見えなかった。

「うーん、やっぱり見えない。
木登りをすると、
エルが怒るかもしれない……」

フィオナが首をかしげていると、

「どうしたんだい?
何か探しているのかい?」

やわらかな声がした。
振り向くと、ユキが立っていた。
白銀の髪は朝日を受けて、
月の光を宿した
星ヨミ樹の胞子のように、
淡くきらめいている。

「ユキ、おはようございます。
昨日見たセイロさんのお家が気になって」

「セイロさん?
ああ、星露守りに会ったんだね。よし」

ユキはフィオナを抱き上げてくれた。

「わ、ありがとうございます!」

目の高さが一気に上がる。

けれど、昨日あったはずの家は、
朝の光にまぎれたかのように、
すっかり消えていた。

「あれ……?」

「ふふ、夜にしか見えないよ。
きっと仕事を終えて、
ゆっくり眠っているところだ」

ユキはそう言って微笑んだ。

「そうなんですね。不思議です。
夜、一生懸命お仕事していました。
これくらいのちっちゃい星露守りと、
これくらいの少し大きめの星露守りもいて、
かわいくて……」

フィオナは両手を広げたり、
少しすぼめたりしながら、
星露守りたちの大きさを
一生懸命ユキに伝えようとした。

「うん。星露守りは、
仲間や家族をとても大切にするんだよ」

フィオナは大きくうなずいた。

「朝の記録は終わったね。
今日は私の部屋で、また何か読もうか?」

「え、いいんですか?とても嬉しいです。
この間の絵本、space doctor、
とても素晴らしかったです!
ぜひ読みたいです」

「もちろん」

ユキは無駄のない優雅な所作で
フィオナを床に下ろすと、
手を差し伸べて微笑んだ。

フィオナは少しだけためらいながらも、
その手を握った。
ユキの手は、彫刻のように、
指先まで美しく、触れると、
あたたかかった。

ユキの部屋は、
いつ来ても整っていた。

白い机。
淡い銀色の椅子。
窓辺に置かれた、大きな白い鳥籠。
その鳥籠は、今日も空だった。

壁際の棚には、
白や薄青の箱がいくつか並んでいる。
ユキは、そのうちの一つを開いた。
中には、古い紙の本が何冊も入っていた。

「絵本ですか?」

「これは、地球の子ども用の図鑑だよ」

「……図鑑」

ユキは、表紙を見せた。

A Beautiful Illustrated Guide to the Elements
――美しい元素の図鑑。

数字が記されている枠の中に、
色とりどりの石みたいなものが
並んでいる。

ユキは、

「おいで、フィオ」

と言うと、
フィオナを両手で支えるようにして、
自分の膝の上へ座らせた。

「す、すみませんユキ。重くないですか」

「この方がずっと見やすいよ」

ユキは少し笑った。

そう言って、ページをめくりはじめる。

「すごく、綺麗です! 
見ているだけで楽しい」

「ふふ、これは、地球の人たちが、
世界を作る小さなもとを並べた表だよ。
水も、石も、花も、体も、星も。
とても小さなものが組み合わさって、
いろいろな形になっている。

この数字は、
その元素のならびの番号だよ。
小さい数字のものは軽くて、
数字が大きくなるほど、
だんだん重くなっていく」

「重さがあるんですね。
面白い形をしています。
これとか……とっても……」

フィオナは指をさしながら、
目を輝かせた。

「そう。まずは、きれいだな、
不思議だな、と思えることが
とても素晴らしいことだ」

フィオナは、膝の上でうなずいた。

ユキが指を動かすと、
部屋の真ん中に淡い光が浮かんだ。
以前見せてもらった宇宙地図だった。
拡大すると、空中に青い星が現れる。
白い雲をまとい、海の色を抱いた星。
地球だった。

そこから場面が変わり、
今度は別の景色が映し出された。
暗い山の上に立つ、大きな望遠鏡。
夜空を見上げる人たち。
紙に線を引く手。
黒い板に、星の位置を記す人。
窓辺で、月の形を描く子ども。

ユキは映像を見ながら説明を加えた。

「海も、雲も、森も、町の灯りも、
とても美しかった。
けれど、私が好きだったのは、
それだけではないんだ」

フィオナは、空中に浮かぶ映像を見つめた。
白い紙に、何度も線を引いている人がいる。
うまく描けなかったのか、消して、
また描く。また消して、また線を引く。

「地球の人たちはね、自分たちが
とても小さな存在だということを
知っていた」

ユキは一息つくと話を続けた。

「宇宙がどれほど広いか。
自分たちの命がどれほど短いか。
知らないことが、どれほど多いか」

映像の中で、子どもが夜空を見上げていた。

「その広い宇宙のことを知りたくて、
長い時間をかけて研究を重ねていた。
遠い光を集めて、
何があるのか知ろうとした。
見えないものに名前をつけようとした。
外の星へ、行こうとした」

フィオナは、夢中になって
ユキの話を聞いた。

「ユキは……その答えを知っているんですか」

ユキは、少しだけまばたきをした。

「うん。私もエルも、ずっと昔から、
いくつもの宇宙と、その外側にある
この世界の巡りを見てきたからね。
これから先も、見届けていくよ」

「外側……?ここは、宇宙の外にある
場所なんですか?」

フィオナは、少しだけ声をひそめた。

「ユキは、ずっとそんな広い世界を
見続けているんですね。
……辛くは、ないんですか?」

「うん、そうだよ。
辛いと思う時も、昔はあったよ」

ユキは穏やかに笑った。

「でも、今はそれも含めて、
私の役目だと思っている。
終わる星も、生まれる光も、
どちらも見届けたいんだ」

ユキは、空中に浮かんだ
黒い宇宙の記録を
見つめながら話を続けた。

映像の中で、誰かが絵を描いていた。
星の絵。花の絵。家族の絵。
よく見ると少しゆがんでいて、
線もまっすぐではない。
けれど、その絵はあたたかかった。
ユキは、その絵を見つめたまま言った。

「私はね、地球の人たちの、
完璧ではないところが好きだった。
それでも何かを学ぼうとする姿勢が、
好ましかった」

「ユキ……わたしも、
完璧ではありません。
だから、人間のこと、
少しわかる気がします」

「ふふ、私も同じ」

「いえ、ユキはすごくて、素晴らしいです」

ユキの手が、フィオナの頭を
ゆっくり撫でた。
空中の映像が、光の粒へ変わっていく。
まっすぐな線ではなく、
少し揺れながら流れていく光だった。

「ゆらぎがあって、間違いがあって、
うまくいかなくて、
それでももう一度手を伸ばすものには、
光が生まれる」

ユキの声は、
夜明け前の星のように透き通っていた。

フィオナは、はるか遠くの地球に、
なぜか懐かしさを感じていた。

見たことがある、と言えるほど、
はっきりした記憶ではない。

けれど、青い海の色も、
夜空を見上げる人の姿も、
うまく描けない線を何度も引き直す手も、
胸の奥のどこかを、そっと触れてくる。

完璧ではない人。
それでも、手を伸ばす人。

わたし。

そう思った時、
ユキがフィオナの顔をそっとのぞきこんだ。

「フィオ」

「……はい」

「怖がることも、間違えることも、
生きているものの一部だ」

ユキの手がフィオナの頬に触れない
ぎりぎりのところで止まり、
また髪へ戻った。

「だから、大丈夫だよ。焦らなくていい」

フィオナは、ユキの服をぎゅっとつかんだ。

「でも……わたしは、
足手まといになりたくないです」

「足手まといなんかじゃないよ」

ユキは、フィオナが服をつかんでいる
小さな手に、そっと自分の手を添えた。

「ひとりで全部できることだけが、
強さではないよ」

「はい……」

「エルは、フィオを大切に思っている。
もちろん、私も、シロルもミロも。
フィオがここにいることで、
この観測舎は少し変わったんだ」

ユキは、やわらかく言った。
フィオナは、ユキの膝の上で
小さく息をついた。

「わたしはいつもみなさんに
助けてもらってばかりで……
必ず恩返ししたいです。
それから、ユキが好きな地球に
いつか行ってみたいです」

フィオナを見つめて、ユキはうなずいた。

「うん、ありがとう。
地球が好きだよ。
いくつもの世界を見ていると、
いつも思うんだ。
ゆらぎのあるものほど、
目を離せないって」

ユキは、少し考えた。
窓辺の大きな白い鳥籠に、
朝の光が差して、
淡い影だけが落ちていた。

「そうだね。そういうところに、
私は惹かれるのかもしれない」

ユキの声は、少し深くなった。

「完璧ではないからこそ、手を伸ばす。
足りないからこそ、誰かと並ぶ。
知らないからこそ、知ろうとする」

フィオナは、ユキの胸に背中を預けた。
ユキの声が、近くで響く。

「そういう揺らぎの中に、
生きているものの魅力がある」

いつのまにか、
少し開いた扉のすきまから
入ってきたシロルが、
ユキの椅子の足もとに
丸くなっていた。
ミロも棚の上に座って、
しっぽをゆっくり揺らしている。

「ユキの話、むずかしい。
おいしければなんでもいい」

シロルがぽつりと言った。

「……うん。地球の食べものは美味しい」

ミロも、こくりとうなずいた。

ユキは笑った。

「確かに。エルの料理も、
地球のレシピを参考にしているからね」

次にユキが映したのは、
暗い宇宙の中で輝く大きな星だった。
星は、ゆっくりと光を強めていく。
まぶしいほど白くひらき、
そのあとに、雲のような光が広がった。

フィオナは、思わず息をのんだ。

「星が……」

「大きな星が、終わる時の光だよ。
地球では、超新星爆発と呼んでいた」

ユキは静かに言った。

「超新星爆発?」

「うん。でも、ただ消えるわけではない」

光は、霧のように宇宙へ広がっていく。
青や紫、白銀の色を含んだ美しい雲。
星のかけらが、遠くへ散っていく。

「大きな星が終わる時、
そのかけらは宇宙へ戻る。
星の塵になり、霧になり、
いつかまた、別の星や命のもとになる」

「終わっても、なくならないんですか」

「消えるわけじゃない。
新しい巡りが、また生まれる。
私は、その瞬間も、
その後も、たくさん見守ってきた」

その言葉は、本当に終わる星を
見届けてきた人の声だった。
フィオナは、ユキの服の裾をまた握った。

「怖くは、ないんですか」

「怖いと思うこともあるよ」

ユキは、正直に答えた。

「けれど、終わった後に、
また生まれてくるものがあるから……」

ユキは、
前のめりで落ちそうになっている
フィオナを、膝の上でそっと抱き寄せた。

「終わったものは、戻るべき場所へ戻る。
役目を終えた光は、次の巡りへ混ざっていく。
だから怖いことじゃない」

「……はい」

フィオナは納得したように、
けれど少し寂しそうにうなずいた。
ユキは空中の映像を指でゆっくり消した。
部屋に、やわらかな陽射しが戻ってくる。

「今日は、少し難しい話をしすぎたかな」

「いいえ」

フィオナは首を横に振った。

「ユキが地球を好きな理由が、
少しわかったような気がします」

ユキは嬉しそうにうなずいた。

「それならよかった」

フィオナは、膝の上で図鑑をまた見た。

『A Beautiful Illustrated Guide to the Elements』
――美しい元素の図鑑。

「この間読んでくださった絵本も
とっても素敵ですが、
この図鑑もとても気に入りました。
わくわくします」

「いつでも見に来るといい」

「ありがとうございます、楽しみです」

フィオナは、ユキを見上げた。

「何か質問があれば、
いつでも私のところへおいで。
宇宙や地球だけではなく、
この世界のことも
少しずつ知っていくといい」

ユキは、フィオナの額にかかった
薄い水色の髪をそっと整えた。

「実は、エルに頼まれたんだよ」

「エルが?」

「うん。フィオが困らないように、
いろいろ教えてやってくれって。
僕では、うまく教えられないから、とね」

その言葉に、
フィオナの胸の奥があたたかくなった。

あのエルが。
自分のために、
そんなことを考えてくれていた。
とても嬉しい。

「そうなんですね……ありがとうございます」

フィオナは、ユキの膝の上で
小さく頭を下げた。
ユキは、楽しそうに目を細めた。

「フィオはとても飲み込みが早いよ。
いい生徒になりそうだ」

「わたし、がんばります」

「うん。素直でよろしい」

その時、部屋の扉がそっと開いた。
ナビエルが立っていた。
白い服の袖に、
星字の淡い光が少し残っている。
作業がひと段落したらしい。
ナビエルは、少し頭を下げた。

「兄さん、ありがとうございます」

ユキは、いつもの穏やかな声で言った。

「子どもでも、大人でも、
学びは必要だからね」

ナビエルは、部屋の中に並んだ図鑑と、
空中にまだ少し残っている淡い光を見た。

「兄さん、お昼にしましょう。
向こうに用意できています」

ユキは微笑んだ。

「今日のお昼は何だい?」

「棗入りの薬膳カレーです」

「おお、それは私の大好物。楽しみだ」

ユキはそう言うと、
フィオナをそっと膝の上から下ろした。

「エル、ユキ、どうもありがとうございました」

フィオナは、丁寧にお辞儀をした。

「また、地球の話、この世界の話を教えてください」

ユキはうなずいた。

「もちろん。何度でも。
私の推し活にもなるからね」

「ユキらしい!
推しカツって、おいしいの?」

シロルが足元に来て、
耳をぱたぱたしていた。

「食べ物じゃないと思う」

ミロが、少し面倒そうにシロルへ言った。
ユキは、ふたりを見て笑った。

「それなら、シロルとミロも、
私の推しコレクションに加えておこうかな」

「え? おいしいものの方がいい。
ぼく、食べてもおいしくない!」

「……シロル、もういいから。ほら、行くよ」

ミロが、少しあきれたように言った。
ナビエルが、少しだけ眉をひそめながら、
シロルを肩に乗せた。

そして、みんなで香ばしい香りの方へ、
ゆっくり向かっていった。

第18話「真夜中のふたり」へ続きます。

♪おまけ♪
第17話「推し活、地球」のイメージイラスト

ユキがフィオナに見せてくれた、
美しい元素の図鑑と、青い星・地球。
完璧ではないからこそ手を伸ばす。
その揺らぎの中に生まれる光を、
フィオナは少しずつ受け取っていく。

※物語の設定をもとに、AIを活用し、
作者が加筆・調整を行って制作しました。
世界観・設定・加筆・監修: Lunavi / minamiayako

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