見出し画像

『星ヨミ樹の世界』 第11話 薬草庭

#創作大賞2026  #ファンタジー小説部門

第11話 薬草庭

ドーム型の保護膜の中で
白銀の葉が光っていた。

フィオナが少し近づくと、
その光が呼吸のように、
ふわりとやわらいだ。

「……やはり、まだ強いな」

観測デスクの前に立つナビエルは、
浮かんだ星字を指先で払っていた。

「葉の反応が、まだ揺らいでいる。
少し整えておいたほうがいい」

ナビエルは葉を見たまま言うと、
机の脇から小さな採取用の道具入れを取り、
腰に留めた。中には薄い硝子筒、細い刃、
小さな布包みが、きちんと収まっていた。

「裏の薬草庭へ行く。葉の反応を見ながら
薬草を採るから君も来て」

フィオナが目を瞬く。

「は、はい! わかりました」

「えっ、ぼくも行きたい!」

シロルが長い耳をぱたぱた揺らした。

そのとき、温室のほうからユキの声がした。

「エル。フィオと二人で行っておいで」

振り向くと、
ユキが廊下の薄明かりの中に立っていた。
月光を思わせる金の瞳が、
こちらを見ている。

フィオナは、
ユキがはじめて「フィオ」と
呼んでくれたので、
少しだけ頬を赤くした。

ユキが微笑む。

「私も、そう呼ばせてもらうよ」

「……はい。ユキ、嬉しいです」

「ちぇ、一緒におさんぽ行きたかったのに」

ぷぅと頬をふくらませるシロルを見て、
ユキは言った。

「シロル、おまえたちには、
こっちでやってもらいたいことがある」

「え、なんだろう?」

とシロルが首をかしげる。

ユキの視線が、
フィオナへやわらかく向いた。

「フィオが落ち着ける場所を整えよう。
ソファのままでは居心地が悪いだろう」

シロルの耳が、ぱっと揺れた。

「わっ、フィオの寝床つくるの!?」

「寝床ねぇ」

とミロが言う。

けれど、しっぽはうれしそうに揺れていた。

フィオナは
小さく目を見開いた。
自分の場所。

「行くぞ。ついてきて」

ナビエルの声に、
フィオナははっとしてうなずいた。

観測舎の裏手へ出ると、
空気が少し変わった。

そこはただの庭ではなかった。

観測舎の白い壁に沿って
細い小径がのび、
その先に、星ヨミ樹の光が濃く落ちる
薬草帯がひろがっている。
整えられているのに、
どこか現実離れしている。

朝露を抱いた細葉の草。
半透明の花弁の奥に、
青白い灯りをためた花。

白い根を土の奥へ深くのばし、
葉脈だけがひそかに光る小さな株。

どの植物も、
息をひそめるようにそこにいる。

「きれい……」

思わずこぼすと、
ナビエルは足を止めずに言った。

「足もとに気をつけろ」

「……はい」

言われて下を見ると、
小径には白銀の葉影が細く落ちていた。
裸足の足裏に、朝の小径の冷たさが伝わる。
二人の間を、星の胞子が
ゆっくりと流れている。

ナビエルは最初の株の前で膝を折った。
細い指先を葉の上へかざした。
その瞬間だった。

空間に、青白い図譜がひらく。

フィオナは思わず息をのんだ。

葉の輪郭をなぞる細い光の線。
朝露の量を示す小さな星字。
採取に適した時刻、
効きの強さ、ほかの薬草との相性。

薄い硝子板を幾重にも重ねたように、
静かな記録が空中に浮かびあがっていた。

「記録する」

ナビエルは葉を見たまま言う。

「僕が見た情報をもとに、自動で記録される。
足りないところは、僕が判断して整える。
これまでの観測結果を重ねているだけだ」

「すごいですね」

フィオナには、
それがナビエルが長い時間をかけて
積み重ねてきた、
とても大切な記録に思えた。

この人はこうしてひとつひとつを見て、
覚えて、記してきたのだ。

「これは使わない」

ナビエルが最初の薬草を見て言った。

「体を冷やす。今の君の体調には合わない」

次の株へ移る。
淡い金色の小花をつけた草の前で、
また図譜がひらいた。

「こちらはどうですか?」

おそるおそる聞くと、
ナビエルは短く答えた。

「強すぎる。まだ早い」

ただ草を見ているのではない。
フィオナに合うものだけを選んでいる。
そのことが、ぼんやりとわかった。

三つ目の株の前で、
ナビエルの手が止まる。
白い細根を持つ、
露をたっぷり含んだ草だった。
葉先にはごく淡い虹が眠っている。

「これならバランスがいい」

ナビエルは言って、葉先にそっと触れた。

「朝露を含んだ若葉だけ使う」

白い刃が、朝の光をひとすじ返す。
ほんのわずかな動きで、
傷つけすぎないよう若葉だけを採る。
その手つきは、とても滑らかだった。

腰に留めた硝子筒の一本を取り出すと
ナビエルは若葉をそっと入れ、
次の株へ向かう。

さらに奥へ進むと、
薬草庭の様子は少し変わった。

整えられた株のあいだから、
星ヨミ樹の自然の気配が濃くなる。

白銀の枝影が地面へ深く落ち、
背の低い花たちは風もないのに
さざめくように揺れていた。

その中央に、細い花茎を
いくつも立てた草がある。

花は小さく、透き通る薄青色。
近づくと、かすかな音がした。

「……鳴いてる」

「囀り草(さえずりそう)だ」

ナビエルは図譜をひらいたまま答える。

「機嫌がいいとよく鳴く」

フィオナが目を丸くした、その瞬間。

さえずり草の音がふっと明るくなった。
細い草笛のような葉先がいっせいに震え、
澄んだ旋律が朝の空気へほどけていく。

ピューーーーーーィ、ピューーーーーーィ。

「……歌ってるみたい」

ナビエルは、青い瞳でフィオナをちらりと見た。

「反応しているな」

さえずり草の向こうには、
藍色の茎の先に、
小鳥のような白い花が並んでいる。
朝露を受けた花弁の縁は、
うっすら青銀に透け、
本物の小鳥が止まっているように見えた。

「花なのに……小鳥みたい……」

フィオナが小さくつぶやく。

「花鳥草(かちょうそう)だ」

ナビエルは短く言った。

「近づきすぎるな」

けれど、フィオナの足は、
その言葉を聞き終えるより早く、
一歩前へ出ていた。

バサ、バサ、バサ

花だと思っていたものが、
いっせいに羽をひらいた。

無数の白い花弁は
そのまま小さな鳥の翼になり、
青銀の光を散らしながら、
一度に空へ舞いあがる。

「……っ」

フィオナはびくりと肩を揺らした。
思わず一歩うしろへ退く。
けれど足もとの苔には朝露が残っていた。
体がぐらりと傾く。

次の瞬間、
強い力が腕を引いた。
白いマントが視界をかすめる。
思わずぎゅっと目を閉じた。

気がつくと、
フィオナはナビエルの腕のなかにいた。

ドクン、

胸が鳴る。

怖かったからではない。
近すぎるせいだった。

片腕が背を支え、
もう片方の手が
細い腕をしっかり掴んでいる。
細身に見えるのに、
その腕の力は驚くほど強かった。

「気をつけて」

ナビエルの声が耳元でした。

「……す、すみません!」

「足もとをしっかり見て」

叱るような言い方だった。
本気でひやりとしたのだと、
フィオナにもわかった。

足を下ろそうとした、そのときだった。

「動かないで」

短く言って、
ナビエルはそのまま
フィオナを片腕で抱き上げた。

「え……」

抗議する間もなく、
白い衣がすぐそばで揺れる。
片腕でしっかりと
抱えられていた。

「すみません、だ、大丈夫です!」

ナビエルは黙って
数歩先のベンチまで行くと、
フィオナを丁寧に座らせた。

「じっとしていて」

そう言うと、
今度はフィオナの前にしゃがんだ。

ナビエルの手が、
そっとフィオナの足へ伸びた。

薬草庭の露と土が、
裸足の両足にうっすらついていた。
細い葉片と、星の胞子のきらめきまで、
足の甲やかかとに残っている。

ナビエルは無言のまま、
指先でそれを払った。

細い葉片を取りのぞき、
傷がないか確かめるように
足首の近くまで見て、
それからもう一度、
やわらかく汚れを払う。

フィオナは咄嗟に言った。

「あ、ありがとうございます」

声が上擦る。
鼓動が早くなり落ち着かなかった。

「少し擦りむいている。
この薬を塗っておけば大丈夫」

ナビエルはそう言うと、
傷を軽く水で洗い、
塗り薬をそっと塗ってくれた。

そのとき、
さらりと銀白色の髪がこぼれた。
ナビエルがしゃがんでいるせいで、
いつも見上げるばかりのその髪が、
いまはフィオナの目線よりも
低いところにある。
こんなに近くでまじまじと見るのは、
はじめてだった。

フィオナが星ヨミ樹の下で拾われたとき、
彼は氷のように冷たく見えた。

けれど今、
朝の光を浴びて煌めく
銀白色の髪はやわらかく、
恐ろしく綺麗だった。
触れたら、どんな感触なのだろう。
そんなことを思った瞬間、
フィオナは自分に驚いた。

「……これでいい」

星を抱く青い瞳をフィオナに向けて
ナビエルが言った。
それから、ほんのわずかに眉を寄せる。

「裸足では危ない」

フィオナは目を伏せた。

「な、慣れてます。
でも……すみませんでした」

「もう謝らなくていい」

少し間をおいてから、
ナビエルは立ち上がる。
けれど一瞬だけ、ナビエルの視線は
フィオナの足もとを見た。

二人が観測舎の中へ入ると、
主空間の奥まった場所に
小さな寝台が整えられていた。

淡い色の毛布。小さな卓。
卓の上には鉢植えの雪洞草が
やわらかな灯りを落としていた。

シロルが嬉しそうに胸を張った。

「見て見て!まだ途中だけど!」

ミロがしっぽを揺らした。

「……少しは落ち着ける場所になったでしょ」

フィオナは、しばらく言葉が出なかった。
本当に、自分のための場所ができている。

その視線の先で、ユキが微笑んだ。

「おかえり、エル、フィオ」

その声は落ち着いていて、
とても心地よかった。

「……ありがとうございます」

フィオナが小さく言うと、
シロルの耳が嬉しそうに揺れた。

「えへへ! もっとふかふかにするよ!」

「フィオナ、顔が赤い、お熱か?」

とミロ。

「いいえ、大丈夫です。
本当にどうもありがとうございます!」

フィオナはそう言うと、
思わずシロルとミロをぎゅっと抱きしめた。

「く、くるしい〜」

シロルがもぞもぞした。

「大袈裟だなぁ」

とミロ。

ユキはその様子を見て微笑をうかべた。
ナビエルはもう作業へ戻っていた。

薬草庭の朝。
さえずり草の声。
花鳥草の羽ばたき。
助けてくれた腕の強さ。
傷ついた足に薬を塗ってくれた優しい手。

そして、
自分に向けられた「おかえり」という言葉。
今まで感じたことのない気持ちだった。

胸が苦しくて、涙が出そうなのに――

フィオナは、たしかに幸せを感じていた。
でも同時に、少しだけ怖くもあった。

その夜。
フィオナは新しい小さな寝台で
眠りに落ちていた。

ナビエルは観測デスクの前に立ち、
採取した薬草の記録を閉じる。
それから、ふと寝台のほうを見た。
雪洞草の灯りの下、
毛布の端から小さな足先が覗いている。

朝、裸足のまま薬草庭で
転びそうになった小さな足が、
まだ目に残っていた。

ナビエルはデスクの脇から、
小さな材料箱を取り出した。
中には、白銀のやわらかな繊維と、
薄水色の細い紐が、
きちんと巻かれて収まっていた。

青白い星字が、空間にひとつだけ浮かぶ。
ナビエルは指先を空中に滑らせ、
何か小さなものを静かに作りはじめた。

第12話 「朝の光と白い靴」 へ続きます。

♪おまけ♪
第11話「薬草庭」のイメージイラスト

観測舎の裏手に広がる、薬草庭。
青い光を宿す花々のあいだを抜けて、
ナビエルとフィオナは星ヨミ樹のもとへ歩いていきます。

※物語の設定をもとに、AIを活用し、
作者が加筆・調整を行って制作しました。

世界観・設定・加筆・監修:
Lunavi / minamiayako

いいなと思ったら応援しよう!