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『星ヨミ樹の世界』 第5話 時告げ草

#創作大賞2026  #ファンタジー小説部門

第5話 時告げ草


さくり、と乾いたやさしい音がした。

フィオナは、白い包みの中から出した
楕円形のクッキーを、
両手で持ってそっとかじっていた。
甘さは控えめで、木の実の香ばしさが
口の中にふわりと広がる。

「……おいしい」

思わずそうこぼすと、
シロルがぴょんと跳ねながら、
フィオナのそばへ来る。

「それね、雫実の粉が入ってるんだよ!」

「しずくみ?」

「うん!朝になると、
枝の先に透明な実がつくの。
そのままでも甘いし、乾かして粉にすると
お菓子にもなるんだよ」

フィオナが感心したように
こくりとうなずくと、シロルは得意そうに、
長い耳をぱたぱたさせた。

「ほかにもいっぱいあるよ! 見てみる?」

「……はい」

シロルに案内されて、
フィオナは観測舎の奥へ進んだ。
その先には、庭とも温室ともつかない、
ふしぎな空間がひろがっていた。

高いドーム硝子の下、
白い光に包まれたその場所には、
見たこともない植物たちが、
静かに息づいている。

床にはやわらかな苔。
棚や台の上には、
細い葉をひらく草や、
半透明の灯りをぶらさげたような草、
銀の筋を帯びた苗たちが並んでいた。

「わ……すごいですね」

フィオナは思わず立ち止まった。
目の前の草の先に、
小さな灯りがいくつも揺れている。

丸い半透明の袋のなかに、
星の粒みたいな光がたまっていて、
白というより、
宵闇をひとしずく溶かしたような
青白さだった。

「これ……とてもきれいですね」

「雪洞草だよ!」

シロルが耳をぱたぱたさせる。

「ぼんぼりそう……」

興味深くフィオナは雪洞草を見つめた。

「夜にもって歩くと、
灯りのかわりになるの!とっても便利。
でも乱暴にすると、しゅん……って
暗くなっちゃうから気をつけてね!」

フィオナは、
そっと一本だけ持ち上げてみた。
光を宿した小さな実は、
指先の高さでゆらりと揺れて、
やわらかな光をフィオナの手に落とした。

「すごい……」

そのとき、
少し離れたところから声がした。

「折るなよ」

フィオナがはっとして振り向く。
ナビエルがこちらへ向かっていた。
白い光のなかで、銀髪がきらめき、
美しくなびいていた。

フィオナは慌てて、
雪洞草をもとの場所へ戻した。

「……すみません」

フィオナが申し訳なさそうに言うと、
ナビエルは短く返した。

「謝る必要はない。折らなければいい」

「はい」

フィオナが丁寧に返事をした。

「こっちもあるよ!」

シロルが次の草の前で跳ねる。

そこには、
細長い葉を輪のようにひらいた草が、
静かに並んでいた。
葉先には淡い銀の筋が走り、
どれも同じ向きに、
少しだけ傾いている。

「これは?」

「時告げ草」

今度はミロが答えた。

「葉のひらき方で、今がどんな巡りにあるか分かる」

「ときつげそう……」

フィオナは、首をかしげた。

「時、というのは……?」

シロルが耳をぱたぱたさせた。

「朝に近いのか、昼が満ちているのか、
夕方へ向かっているのか、
夜が深くなっていくのか。
そういう流れのことだよ!」

「流れ……」

フィオナがつぶやいた瞬間、
ナビエルが言った。

「時というより、巡りだ」

フィオナが振り向く。

ナビエルは、時告げ草の銀の筋を
静かに見ていた。

「ここでは、時を数えない。
星が巡り、草が眠り、種が芽吹き、
花が閉じる。それが、巡りだ」

ナビエルは、細い葉を見つめたまま言った。

「時告げ草は、そのものが今どんな巡りの中にいるのかを読む」

フィオナは、時告げ草の葉を見つめた。

銀の筋は、
ただの模様ではないように見えた。
小さな葉の奥に、朝や夜よりもずっと深い、
見えない流れを感じた。

庭の中央近くには、
やわらかな緑の苔が、
ふかふかの島みたいにひろがっていた。

「これは眠り苔」

ミロが先に乗ってみせる。

「ほっとしすぎて
うっかり眠りそうになることも。
でも無理に眠らせるわけじゃない。
うつらうつらするだけ」

フィオナは、そっと手を置いてみた。
やわらかい。それは苔というより、
息をしている毛布みたいだった。

「あ……」

胸の奥に張っていたものが、
ほんの少しだけほどける気がした。
そのときだった。

「そこに座って」

ナビエルの声がした。
フィオナが顔を上げる。

ナビエルは、低い台を指差した。
そのまわりにいくつかの植物が、
円を描くように並べられている。

雪洞草。眠り苔。
そして、さっき見た時告げ草も、
その輪の中にあった。
ほかにも、
細い葉脈にかすかな光を宿した草や、
硝子のように透ける蔓がある。

「……これでいいですか?」

フィオナは少しためらいながら
台の上に座った。

「そこでいい。記録する」

短いひとこと。
ナビエルが近づいてくる。

ドーム天井の光の下で見ると、
ナビエルの美しさは、
夜の艶やかさとはまた違って、
冷たく澄んでいるように見えた。

銀白色の髪。
星屑を散りばめたような、深い青の瞳。
白いマント、片耳に揺れる、
青い雫の飾り。

フィオナは無意識に背筋をのばした。

「そのまま動くな」

声が、近い。

「……は、はい」

ナビエルは、
フィオナのすぐ目の前でしゃがみこんだ。

指先が、フィオナの髪に触れそうな
すれすれの位置で止まった。
触れていないのに、その距離だけで
心臓が小さく跳ねる。

次の瞬間、
空間に淡い光がひらいた。
星字だった。

夜に見たものより小さく、
細く透けるような線で描かれた文字が、
ナビエルの指先からひとつ、
またひとつと現れていく。

光の文字は、フィオナの髪先をめぐり、
肩のあたりを回り、背中の近くで
静かに広がった。

まわりの植物たちが、
その光に呼ばれるように小さく反応した。
雪洞草の灯りがふるえた。
眠り苔が、フィオナの足もとへ寄るように、
ふわりとふくらんだ。
細い蔓が、かすかな音を立てて揺れた。

フィオナは、自分の体の奥に、
熱が集まっていくような感覚を覚えた。

こわい、とは少し違う。
体の内側だけが、うずうずと
目を覚ますような、
不思議な感覚だった。

「……っ」

シロルが息をのんだ。
ミロの耳がぴくりと動いた。
ナビエルの瞳が細くなった。

その視線の先で、
フィオナを囲む植物たちは、
それぞれに小さな変化を見せていた。

けれど――

時告げ草だけは、動かなかった。

銀の筋を帯びた細い葉は、
ひらいた形のまま、少しも揺れず、
静まり返っている。

「……あれ?」

シロルの耳が、はたと止まる。

「なんで?」

ミロもぽつりとつぶやいた。

「時告げ草が沈黙してる」

フィオナは不安になって、
草とナビエルの顔を見比べた。

「わたし、何か……?」

ナビエルは答えない。

ナビエルは、沈黙したままの時告げ草をじっと見つめていた。

星字の並びが変わった。
一度ほどけ、また別の形に組みかわった。

そのとき、フィオナの胸の奥で、
何かがふいに脈打った。

ドクン。

「……っ」

熱い。

耳の奥で、

リーン、さらさら、リーン

不思議な音が聞こえた気がした。

何かとても大きいものが、
自分を呼んでいるような。
そんな奇妙な感覚だった。

「エル」

ミロが小さくつぶやいた。

「分かっている」

ナビエルの声は落ち着いていたが、
緊張感を帯びていた。

時告げ草を見つめたまま、
星字を追っていたナビエルの指先が、
空中でぴたりと止まった。

「……違う。
読めないんじゃない。読まないんだ」

フィオナが息をのむ。

そのとき、ドーム天井の外で、
星ヨミ樹の白銀の葉が、かすかに揺れた。

まるで、フィオナの胸の奥の音に、
遠くから応えたみたいに。

リーン、さらさら、リーン

その音は、フィオナの耳の奥で、
はっきりと鳴り続けていた。

第6話「樹が舞った日」に続きます。

♪おまけ♪
第5話「時告げ草」のイメージイラスト。

フィオナを囲む植物たちが、
星字に反応しはじめる。
けれど、時告げ草だけは沈黙していた。

AIを活用し、加筆・調整を行って制作。
世界観・設定・監修:Lunavi / minamiayako




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