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『星ヨミ樹の世界』 第12話 朝の光と白い靴

#創作大賞2026  #ファンタジー小説部門

第12話 朝の光と白い靴

観測舎に、
やわらかな朝の光が満ちていた。
星ヨミ樹が白い光をまとっている。

フィオナは、
毛布のなかでゆっくり目を開けた。
足もとには、ミロが丸くなっている。
エメラルドグリーンの瞳が、
片方だけ薄く開いた。

「……おはよう」

ミロのねぼけた声に、
フィオナは小さく頷いた。

そのとき、視線の端に、
見慣れないものが置かれていた。
毛布のすぐそば。
床の上に、ちょこんと、
白い小さな靴がそろえて置かれていた。

「……え」

思わず、フィオナは身を起こす。

それは、小さい靴だった。
フィオナの足に合わせて作られたのだと、
ひと目でわかる。

朝の光を溶かしたみたいな、
やわらかな白銀色。
光の角度で、
布の奥に淡い星の粒がきらめいた。
後ろには、薄水色の細い紐で結ばれた
小さなリボンがついている。

そっと手を伸ばして触れると、
驚くほど軽かった。
薄く、しなやかなのに、
芯のある感触。

フィオナは、息を呑んだ。
どこか、見覚えがあった。
白い光。
風をはらんでも
重くならない布の感じ。

ナビエルのあの白いマントに、
似ている。

「わあ……!」

弾んだ声がして、
シロルがぴょこんと
寝台の下から顔を出した。
長い耳をぱたぱた揺らしながら、
青い瞳をきらきらさせる。

「それ、フィオナの靴だよね!
きっとエルが作ったんだよね!?
素敵だなぁ、いいなぁ」

「……ぼくも、そう思う。
エルは、センスがいい」

ミロが小さく言って、
起き上がった。

フィオナは、
靴とふたりを見比べてから、
また靴へ視線を戻した。
自分のものだと、
まだ、どこか信じきれない。

「これ……」

そのとき、
部屋の奥から、静かな足音がした。
振り向くと、ナビエルがいた。

朝の光のなかで、
銀白色の髪が淡く透けるように見える。
今日は珍しく、
群青色のやわらかな服の上に、
白いローブを羽織っていた。
夜空に星屑を散りばめたような
深い青の瞳が、
フィオナの足もとへ一度だけ落ちた。

「おはよう」

それだけ言って、
いつものように
近くまで来すぎない距離で
足を止める。

フィオナは、
小さな靴を両手で
抱えるみたいに持ち上げた。

「……あの、これは?もしかして……」

ナビエルは、
ほんの少しだけ視線を伏せた。

「そのままだと歩きにくい。朝露も冷える」

淡々と答える。
まるで、必要なものを
そろえただけだというみたいに。
けれど、その靴が
どれだけ丁寧に作られているかは、
一目でわかった。

ナビエルは短く付け加える。

「汚れもつきにくい。
濡れても問題ない」

シロルが、
嬉しそうに耳を大きく揺らした。

「すごい!
エルのマントとおそろいみたい!」

「……性質は同じだ」

ナビエルはそう言うと、
視線をそらしたまま淡々と続けた。

「同じ系統の繊維だけれど、
もっとやわらかくしてある。
視覚で読み取った形を星字に写して、
繊維に覚えさせた。君の足に合わせた」

「すごい! エルって、
やっぱり何でもできるんだね。
ぴったりってこと?」

シロルは興奮したように身を乗り出す。

「そうだ」

ミロが、
靴を見上げてぽつりと言う。

「……素晴らしく、いい靴」

「うん!すっごくいい靴!
ぼくもほしい!」

フィオナは、
胸の奥がじんわり
あたたかくなるのを感じた。

君の足に合わせた。
ナビエルが
わたしのために作ってくれた。

ナビエルはいつもの無表情のまま。

「試してみて。これで、
足を傷つけにくくなるはずだ」

フィオナはドキドキしながら頷いた。

「は、はい。ありがとうございます!」

そっと片足を入れてみる。
内側は驚くほどやわらかくて、
ふわりと足を包み込んだ。
冷たさはなく、
けれど蒸れる感じもない。
もう片方も履くと、軽くて、
まるで何も履いていないかのように、
足になじんだ。

立ち上がってみる。
床を一歩、ふた歩。

「どう?」

シロルが身を乗り出す。
フィオナは、少しだけ目を丸くした。

「……軽い」

「でしょ!」

「似合う。ぴったり」

ミロが静かに言う。
そのとき、入口のほうから、
くすりと笑う声がした。

「ほんとにぴったりだね、
さすがエル、器用だ」

ユキだった。
口もとにやわらかな笑みが浮かんでいた。

「よくそんなにぴったり作れるよね、エル」

「見ればわかる」

「わかるのがすごいんだけど」

ナビエルは返事をしなかった。
代わりに、
観測デスクのほうへ視線を向ける。
透明な記録板には、
朝の薄い星字が
まだいくつか残っていた。

ユキは、
白い靴を履いたフィオナを見て、
ふっと表情をやわらげた。

「フィオ、かわいいよ。とても似合ってる」

「……ありがとうございます」

フィオナは、
少し涙ぐみながら、
小さく頭を下げた。

言葉はうまく出てこなかったけれど、
胸の奥が、苦しくって、
嬉しくってあたたかい。

そのとき、観測舎の奥から、
甘くやさしい匂いが流れてきた。
シロルの耳が嬉しそうに大きく揺れる。

「あっ、いい匂い!」

「……朝ご飯の匂い」

「おまえたち、席へ行け」

ナビエルが短く言って、
奥のキッチンへ向かう。
フィオナは新しい靴を履いたまま、
そのあとを追った。

白い靴は、
床の冷たさから守ってくれる。
歩くたび、
後ろの薄水色のリボンが少し揺れた。

食卓の上には、
湯気を立てる白いスープの皿と、
木の実の焼き餅をのせた小皿が並んでいた。

昨日採ってきた薬草は
細かく刻まれていて、
青みのある葉は
やわらかいスープに溶けこみ、
苦みの強かった茎の部分は、
砕いた木の実と一緒に
香ばしい生地へ練り込まれて、
小さな焼き餅になっている。

「すごい! 昨日のだよね?」

「形が変わると、ずいぶん食べやすそうだね」

ユキが椅子を引きながら言う。
ナビエルは淡々と答えた。

「そのままだと苦みが強い。
細かくしてから火を入れたほうがいい」

「焼き餅にもできるんだ」

「量が多かったからな」

シロルはもう待ちきれない顔で
椅子によじ登り、
ミロは静かにその隣へ座る。

ユキは向かいに腰を下ろし、
フィオナのための小さめの器を
そっと引き寄せた。

その器の前の空いた場所が、
いつのまにかフィオナの
席になっていることに、ふと気づいた。
そこに座ることが、自然になっていた。

自分の居場所が、ここにある。

「フィオ、こっち」

シロルが嬉しそうに手を振る。

「……座れば」

ミロが言う。

「冷める前にね」

ユキがやさしく微笑む。

フィオナは、白い小さな靴で
床を踏みしめながら、
その席へ向かった。
椅子に座ると、
ナビエルが無言で器の位置を
ほんの少し整える。
その手つきはあまりにも自然だった。

スープの表面には、
朝の光が淡く映っていた。
ひと口すくって飲んでみると、
昨日の薬草の青い匂いはなく、
苦みはやわらかくほどけていて、
体の内側にじんわりしみこんでいく。

「……おいしい」

フィオナが小さく言うと、
シロルがぱっと笑った。

「ほんと? よかった!」

「作ったのはエルだけどね」

ユキが言う。

「おまえは食べる役だろ」

ミロが淡々と返す。

「え、大事な役だよ?」

ミロが小さな木の実の焼き餅を
ひとつ見上げている。
ナビエルはそれを見て、
皿を少しだけそちらへ寄せた。

「薬草入りだ。食べすぎるな」

「……ひとつ」

「ぼくもひとつ!」

「はいはい、順番ね」

朝の食卓に、小さな声が重なる。

フィオナは、
自分の足もとをそっと見た。
白い小さな靴。
朝の光のなかで、
やわらかく光っている。

こんな素敵なものを
自分のために
作ってもらえるなんて、
なんて幸せなことなんだろう。

毛布があって、
食事があって、
眠る場所があって、
呼べば返る声がある。

それは朝の光がゆっくりと
部屋へ広がるのと同じように、
静かに、
確かに満ちていくものだった。

ナビエルは食卓の向こうで、
いつものように多くを語らず、
静かに食事を続けていた。
器を持つ指先の動きまで、
なぜかとても綺麗に見えた。
白いローブの袖が、
朝の光を受けて淡くきらめく。

その白と、
自分の足もとの白い靴が、
朝の光のなかで、
ひとつの景色に
なっているように見えた。

フィオナは、
焼き餅を小さくひと口かじった。
砕いた木の実の香ばしさと、
ほのかな薬草の甘みが広がる。
中の白い生地が、びよんと少しだけ伸びた。

「……これも、おいしい」

ナビエルの手が、
ほんの少しだけ止まった。

「そうか」

短い返事。

「わ、のびた!」

シロルは嬉しそうに耳を揺らしながら言った。

ユキは静かに見守り、
ミロは焼き餅をほおばりながら頷いた。

観測舎の朝は、賑やかだった。
大きな窓のすぐそばで、
星ヨミ樹がさらさらと
枝葉を揺らしている。

フィオナは、
もう一度、
白い小さな靴を見つめた。

今が、生きてきた中で
いちばん幸せかもしれない。

心からそう思った。

第13話「眠るまえの物語」へ続きます。

♪おまけ♪
第12話「朝の光と白い靴」のイメージイラスト


朝の観測舎に置かれていた、白い小さな靴。
それはナビエルが、フィオナのために
夜のうちに作ってくれたものだった。

※物語の設定をもとに、AIを活用し、作者が加筆・調整を行って制作しました。
世界観・設定・加筆・監修: Lunavi / minamiayako

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