会う約束の日が近づくと、少し気持ちが重くなるとき
こんにちは、Lunaです。
来週、会う約束がある。
嫌ではない。
会いたくない、とまでは思っていない。
でも、カレンダーを見るたびに、
少しだけ気持ちが重くなる。
土曜日。
約束の日。
前なら、楽しみにしていたはずの日。
何を着ようか考えたり、
どこに行くか調べたり、
会ったら何を話そうかと思ったり。
そういう時間が、
少し前までは自然にあった。
でも今は、
予定が近づくほど、
どこかで息が詰まる。
返信はしている。
会えば、たぶん普通に話せる。
相手のことを嫌いになったわけでもない。
それなのに、
「早く会いたい」ではなく、
「ちゃんと会わなきゃ」に近くなっている。
こういう状態、ありませんか。
楽しみではなく、確認になっている
会う約束が近づくと重くなるとき、
多くの場合、ただ気持ちが冷めたという話だけではありません。
もちろん、
気持ちが変わってきている場合もあります。
でも、それだけでは説明できないこともあります。
本当は、
会うこと自体が楽しみではなく、
関係を確認する時間になっていることがあります。
まだ大丈夫なのか。
前みたいに話せるのか。
自分は自然に笑えるのか。
相手と一緒にいて、苦しくならないのか。
会う前から、
どこかでそれを確かめようとしている。
だから予定が近づくほど、
気持ちが重くなります。
デートではなく、
確認の日になっているからです。
「会いたい」と「会わなきゃ」はかなり違う
同じように約束をしていても、
内側で起きていることは違います。
会いたい。
これは、自然に外へ向かう感覚です。
会わなきゃ。
これは、関係を保つために
自分を動かしている感覚です。
この違いは小さいようで、
かなり大きいです。
会いたい気持ちがあるとき、
予定は少し先の楽しみになります。
でも、会わなきゃになっているとき、
予定は少し先の課題になります。
相手に失礼がないように。
ちゃんと楽しそうにできるように。
変な空気にならないように。
自分の気持ちがバレないように。
会う前から、
たくさんのことを考えてしまう。
その時点で、
もう少し疲れているのかもしれません。
ここを見ないままだと、同じ場所に戻りやすい
会えば、意外と普通に過ごせることがあります。
会ってみたら楽しかった。
話していたら安心した。
やっぱり嫌いではないと思った。
その瞬間は、少しほっとする。
でも数日経つと、
また次の約束の前に重くなる。
会う。
安心する。
少し離れる。
また重くなる。
この繰り返しが続くことがあります。
それは、
会ったときの楽しさが嘘だからではありません。
ただ、
会うことで一時的に安心しても、
その前にあった重さの理由までは
まだ見えていないことがあるからです。
止まっているのは、気持ちの有無だけではない
この状態になると、
人はすぐに考えます。
もう好きじゃないのかな。
気持ちが冷めたのかな。
別れたほうがいいのかな。
でも、
その答えを急いで出そうとすると、
かえって分からなくなることがあります。
なぜなら、
止まっているのは
「好きか嫌いか」だけではないからです。
会うことが楽しみなのか。
関係を確認するために会っているのか。
相手を傷つけないために会っているのか。
ひとりになる不安を避けるために会っているのか。
いくつかの感覚が混ざっている。
だから、
「好きなら会いたいはず」
「重いならもう好きじゃないはず」
と簡単には言えません。
タロットで見るなら、これは“義務感”が混ざる位置
タロットで見ると、
この状態は、
気持ちそのものよりも
義務感が混ざっている位置として出ることがあります。
会いたい。
でも、会わなきゃでもある。
続けたい。
でも、続けなきゃでもある。
相手を大事にしたい。
でも、自分の本音も分からなくなっている。
この混ざり方が続くと、
予定そのものが少し重くなります。
相手が悪いとは限りません。
自分が冷たいとも限りません。
ただ、
関係の中で、
自然な気持ちと義務感の境目が
少し見えにくくなっているのかもしれません。
今日は、無理に答えを出さなくていい
会う約束の日が近づくと、
少し気持ちが重くなる。
その感覚を、
すぐに悪いものだと決めなくても大丈夫です。
ただ、
少しだけ見てみてください。
自分はその日を、
楽しみにしているのか。
それとも、
確認しに行こうとしているのか。
会いたいのか。
会わなきゃと思っているのか。
その違いが少し見えるだけで、
この関係の止まっている場所は、
少し輪郭を持ち始めます。
今日はまだ、
続けるか離れるかを決めなくて大丈夫です。
予定が近づくたびに重くなる。
その感覚があることを、
いったんそのまま置いておいてもいいのかもしれません。
