正解のない夜を、ただ歩く
吸い込めなかった言葉が、肺の奥で砂のようにジャリついている。
言えなかったこと。
言うべきじゃなかったこと。
正しさを優先して、飲み込んだ感情の死骸。
それらが身体の中で重力を持ちすぎて、うまく息ができない。
夕暮れ時、ふと駅のホームで足が止まったとき、自分の輪郭が世界から少しだけ浮いているような、奇妙な感覚に襲われた。
今日も一日、私たちは「正解」を探しすぎたのかもしれません。
スマホの画面が明滅する。
即レス、効率、結論ファースト。
「で、どうするの?」「エビデンスは?」
整然と並べられたロジックの隙間で、本当は叫びたかった「なんか違う気がする」という小さな違和感は、換気扇の音にかき消されていきました。
頭の中は、まるで閉会後の会議室みたいに散らかっている。
誰かの期待と、自分の本音が、絡まったまま床に落ちている。
だから今は、スイッチを消すように、外へ出ようと思います。
ドアを開けた瞬間、冷気が頬を叩くのではなく、そっと撫でていきました。
夜の空気は、驚くほど澄んでいて、少しだけ土の匂いがします。
アスファルトを踏む靴の音だけが、カツ、カツ、とリズムを刻む。
その単調な響きが、熱を持った脳みそをゆっくりと冷やしていきます。
重たいコートの重み。
ポケットに入れた手のひらの、頼りない温かさ。
遠くで響く、終電の低い走行音。
意味なんてなくていい。
生産性なんてなくていい。
ただ、この「冷たい」という感覚だけが、今の私にとっての確かな真実です。
歩いていると、身体が少しずつほどけていくのがわかります。
強張っていた肩の力が抜け、奥歯の噛み締めが緩む。
私たちは、ロボットじゃない。
入力に対して、常に正しい出力を返せるわけじゃない。
迷ってもいいし、立ち止まってもいい。
その「まとまらない思考」こそが、あなたが今日、真剣に生きた証拠なのだから。
自動販売機の明かりが、ぼんやりと足元を照らしています。
温かい飲み物を買ってもいいし、買わなくてもいい。
どちらを選んでも、誰も私を責めたりはしない。
白い息をひとつ、長く吐き出す。
煙のように揺らめいて、夜の闇に溶けていきました。
答えは出ないままでした。
でも、呼吸は少しだけ、深くなった気がします。
今はただ、その余白を抱えたまま、眠りにつけばいいのです。
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