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戦前から骨格は変わらぬ地方自治制度 ー立花孝志が突いた日本の難点

アメリカでは日本と違って選挙日が基本的に決まっていて,Election dayと呼ばれます.11月の第一火曜日に設定されており,企業は出勤となるところも多いですが,学校や公的機関はお休みです.昨年は大統領選挙で賑わいましたが,今年は主に地方議員や教育委員会などを選ぶ選挙,そして一部では学校の合併や地区の消費税率を変更するための住民投票などが行われました.年がら年中選挙をやっているイメージのある日本とは違い,この一日で複数の重要なことが決まるので効率が良いと思いました.

選挙前には各家庭が支持する地方議員や教育委員の看板を掲げて自分の意見を表明します.大統領選ほど広くは行われませんが,「◯◯ for School Board」などと書かれた少なからずの看板を見かけます.そしてローカルTV番組や地元新聞も各候補についてその主張や経歴などについて特集を組みます.

アメリカの地方自治制度は日本とは全く違っています.大都市と地方によっても異なるのですが,たとえば数万人~十数万人クラスのよくある中規模地方自治体だと議員は数人しかいません.しかも選挙では全員を入れ替えるのではなく,半分ずつ入れ替えるなどして継続性を重視しています.都市サイズにもよりますが,議員には地区(District)ごと選出の議員2,3人とAt-largeと呼ばれる全体から選ばれた議員が2,3人おり,合同で物事を決めていきます.

市長もNYのような大都市では直接選挙制ですが,地方都市や大学都市などでは数人の市議会議員から互選で選ぶ間接選挙です.市議会議員たちは市の大きな方向性を話し合って決めていき,市長は議会の調整役を兼ねた儀礼的な立場です.実務的なことや役所職員の統括は役場トップの行政専門官であるCity Managerが担います.議会はCity Managerを任命し監督するのが主な役割です.このような体制をCouncil-Manager制といいます.このような少人数体制が可能なのは議会が立法業務を担わず,予算承認や政策の方向づけなどの業務が多いからです.そして行政専門官が実務を行うので,長期的な視点でのまちづくりが可能で,「合意」が基本の議会ために党派対立が起きにくく,純粋に「我が街に一体何が必要か?」という観点で街作りを考えていきます.

この制度の問題点としては市長を含む議会と役所が一体的・協調的に街作りを行うため,一体誰が市の責任者がよくわからなくなることです.実際に政治に詳しくないアメリカ人の友人に聞くと「私も市の仕組みはよくわかってなくて,だれが市長か知らないの.市民としてはダメなんだろうけど」と.ただ当然ながら伊東市のように市長と市議会が対立して機能不全に陥るというようなことは起きません.市議会議員もそもそも職業政治家ではなく,兼業を基本としており,パートタイム勤務で年収1万ドル程度とコストも安いです.あくまで住民代表のボランティア感覚で,日本のように何十年も議員をすることはなく数年に任期が限定されていることも多いです.政策本位で既得権益も生じようがないのです.

もちろん強大な立法機能を持つ州議会になると連邦議会の制度に近くなり,議員数も片方だけで100人近くいて党派政治が行われます.知事との二元性で知事と議会の対立もあります.アメリカでは州議会が連邦が管轄する以外の大部分の法律を定めますので,議員たちはLaw-making活動が主体で専門補助スタッフもつきます.常勤や半常勤議員も多くなります.

ここで気づくことは

そもそも日本の地方議員はこんなに必要か?

ということです.law-makingが必要ならば条文の調整など専門的な仕事を行う必要がありそれなりの人数が必要ですが,日本の地方議会がやっていることは行政の監督と予算の承認程度で立法機能をほとんど持ちません.県や市が条例を作ることもありますが稀です.役割的には地方都市のCouncilに近く,人数もそれほど必要ないものばかりです.仕事が少ないのでくだらない党派対立にこだわったり,役所や外郭団体に口利きばかりして,だいたいの仕事が地盤地区の道路の修繕依頼だったりします.職業政治家だから再選されることが目的化し,既得権益化していきます.

はっと思ったのですが,こんな欠陥だらけの地方自治制度だから,一時期NHK党や幸福実現党が地方で勢力を拡大したのだと思いました.彼らは選出されやすい地方議員になることで政策活動費などをもらい,党独自の全国活動に充てるという仕組みを確立しました.船橋市議会議員から始まった立花孝志は日本の地方自治制度の矛盾・問題点をうまく突いてきてきたとともに争点として可視化してくれているのです.

色々調べてみると日本の地方自治制度は,明治期に地方自治システム自体がよくわからないなかでフランスの制度を中心にドイツの制度と混ぜ,中央集権的システムとして作られたこと,GHQと日本国憲法により形式的な民主化と地方分権が実施されたが,骨格となる仕組みは温存され戦前の仕組みがある程度踏襲されていることがわかりました.

そしてその仕組は旧植民地だった韓国にも引き継がれ,日韓両国で「成熟しない民主主義」として昨今に見られるような政治対立問題を引き起こしているようなのです.「積弊」という言葉に代表されるように.

日本の地方自治は人口構造の変化の影響もあって制度的に疲弊しており,間違いなく改革が必要な時期に達しています

立花孝志が個人として問題が多い人物である一方で,その物議を醸してきたような諸問題や引き起こしてきた対立が,伊東市など他都市でも彼の直接関与なしにいろいろ顕在化しているのは,事の本質が彼の個人的問題にとどまらず,日本の地方自治の制度上の欠陥にあることを示唆しています.

彼個人への評価はともかくとして,彼が可視化してくれた選挙に関する問題やそもそもの日本の地方自治のあり方について,本格的に議論・改革していく必要があると思います.それこそが竹内議員をはじめ彼の影響で生じた色々な犠牲者に報いる正しい方法ではないでしょうか?





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