探しものはなんですか? | 『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』 福井県立図書館
人生とは、探しものを見つけるための壮大な禅問答なのかもしれない。
あ、ちょっと大げさだったかもしれませんが、案外そうでもないかもしれません。
図書館には「レファレンス」という、利用者が求めている情報を調べるお手伝いをするサービスがあります。
本を借りたいけれど、タイトルがうろ覚えでニュアンスしか分からない。
そういう方々から司書に提示される、絶妙に間違っててユニーク(なぜにそうなった? )なヒントや記憶の断片から情報を引き出し、利用者さんがひとりではなかなか辿り着けなかった、うろ覚えの絡まった糸を解くようにご所望の本を見つけ出すのです。
図書館は本の貸し借りをするだけの場所ではありません。大きな役割のひとつに「レファレンス」があります。簡単に言えば、利用者が探している "情報“ にたどりつけるよう司書がお手伝いをすることを指します。
「こんな本を探してるんです」と尋ねられたとき、私たちはクイズさながら「ピンポン! それはこちらの本では!? 」と瞬時に答えているわけではありません。
「著者の名前はわかりますか?」
「どこで本のことを知りましたか?」
「いつ頃出版されたものかわかりますか?」
そんなふうに利用者に質問を重ねたうえで正確を見つけています。この一連の流れがレファレンスサービスです。
司書にとって、こうした覚え違いに接するのはごく日常的なことです。そしてそのひとつひとつが、大事なレファレンスの事例になります。このため、福井県立図書館では以前から、職員の間で「どんな相談があって、どう対応したか」を共有すべく、Excelファイルで記録をつけていました。
「覚え違いタイトル集」、始めました
こうして、福井県立図書館に蓄積された膨大な情報の中から厳選されたものを書籍化したのが、本日ご紹介する『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』 です。
そうして2007年に「覚え違いタイトル集」が生まれました。当初はあまりアクセスが伸びませんでしたが徐々に注目されるようになり、現在では更新のたびにSNSで話題にしていただけるほどに成長しています。さらにページ内に情報提供フォームを設け、「あなたの出会った覚え違い」を募集したところ、他館の司書や学校司書、書店員など、さまざまな方が出会った覚え違いの事例を提供してくださるようになりました。
「覚え違いタイトル集」、始めました
この「覚え違い」は、本に関わるすべての人々にとって、共通のあるあるだったのですね!
本書は、痒いところに手が届くといいますか実にハートウォーミングな内容で、とにかく司書の方々の情報収集&捜索能力の高さに、ただただ脱帽です。
たとえば、本書タイトルの『100万回死んだねこ』。
お気づきの通り、これは佐野洋子さんの名作『100万回生きたねこ』の覚え違いです。
内容を考えると、あながち遠からず、なんですけどね。
これも利用者さんから実際に問い合わせいただいたもののひとつのようです。
電車で読む場合には声を出して笑ってしまわぬようにこらえる、という苦行に取り組む必要がありますので何卒ご注意を。
いやー、さすが厳選!
笑わずにいるの無理です無理ですー。
この可笑しみをぜひ共有したい。
ではさっそく一部をご紹介いたします。
引用部分は
Q 探している本のうろ覚えタイトル
A 本の正しいタイトルと
図書館司書のレファレンス
この構成となっております。
まずは、「おしい!」の章から。
やだもう。
Q
夏目漱石の
『僕ちゃん』
お借りできます?
A
『坊っちゃん』
でよろしいですね。
古典的名作がずいぶんかわいらしくなりました。社会が移り変わる明治の世を背景に、教師として四国に赴任した “坊っちゃん” が巻き起こす騒動を描いた青春小説です。無鉄砲で喧嘩っ早い坊っちゃんですが、彼を可愛がって育てた下女の清からは “僕ちゃん” に見えていたかもしれません。
夏目漱石[著]
岩波少年文庫 2002年 ほか
Q
『蚊にピアス』
はどこにありますか?
A
『蛇にピアス』
ですね。
リクエストカードの字面で見たら、司書も間違いを一瞬見逃してしまいそうです。こういう覚え違いの場合、利用者にお探しのものを提供して一息ついたあと、あらためて見返して「蛇じゃなくて蚊って書いてあったわ!」と初めて気づくようなことがあるんです。
金原ひとみ[著]
集英社 2004年
Q
『うんちデルマン』
ってありますか?
A
『うんこダスマン』
ですね。
「うんち」と「うんこ」、「でる」と「だす」、2カ所も覚え違いポイントが!全部ひらがなやカタカナであっても見つけるのは案外難しいのが児童書です。ちなみにこの作品は「うんこのえほん」シリーズの第2弾なのですが、弾1弾は『うんぴ・うんにょ・うんち・うんご』でした。こちらも正しく覚える難易度がなかなか高そうですね……。
村上八千世[文]
せべまさゆき[絵]
ほるぶ出版 2001年
次は「それはタイヘン!」の章から。
まじすか?
Q
『おい桐島、
お前
部活やめるのか?』
ある?
A
『桐島、部活やめるってよ』
ですね。
桐島いるの !? いわゆる "スクールカースト“ の頂点だった彼の退部の噂が口内で波紋を広げてゆく青春群像劇です。ただし、本作では桐島本人は一切登場しません。彼が不在であることが作品の肝のはずなんですが、語気荒く「おい桐島」と呼びかけたら、うっかりご本人が出てきてしまいそうですね。はたして彼は何と答えるのか……。
朝井リョウ[著]
集英社 2010年
Q
カフカの
『ヘンタイ』
ってあります?
A
『変身』
ですね!
昆虫が成長の過程で大きく姿を変えることを「変態」と言います。それを踏まえると、この覚え違いは奥深いですね。グレーゴル・ザムザは人間から虫に変態したと言えなくないのかも。実際にカウンターで「カフカの『ヘンタイ』を」と言われたら、聞こえなかったことにして「『変身』ですね!」とご案内すると思いますが……。
フランツ・カフカ[著]
高橋義孝[訳]
新潮文庫 1952年 ほか
お次は「ん?」の章。
え、なんですと?
Q
フォカッチャの
『バカロマン』
ありますか?
A
ボッカッチョの
『デカメロン』
でしょうか。
イタリアの平らなパンかと思ったら大きい果物でした。日本語話者にとっては「デカメロン」自体、覚え違いかと不安になるタイトルですよね。世界史の教科書でおなじみのルネサンス期イタリア文学です。ペストが流行する街から逃れてきた10人の男女が話す物語という形式なので、今読むとなおのこと興味深そうですね。
ボッカッチョ[著]
平川祐弘[訳]
河出文庫 2017年 ほか
『なんかコワいっす……』の章。
震える…。
Q
『ぶるる』
みたいな
旅行ガイドの本
はどこにある?
A
『るるぶ』
はあちらです。
「今の利用者さん、『ぶるる』って言ったよな?」「はい、言いましたね」__ 当館の分館(若狭図書学習センター)では、ひとつのカウンターに職員が2人配置されています。この覚え違いを聞いた2人は、その後こんな会話をしたという記録が残っていました。思わず噛みしめるほどインパクトがあったのでしょう。暖かい地域の特集号だったら違和感がすごいですね。
JTBパブリッシング
「よくわかりましたね!」の章。
なんでわかったの!
Q
ウサギの
できそこないが
2匹でてくる絵本
なんだけど……
A
『ぐりとぐら』
のことでしょうか。
名作絵本に対して、もうちょっといい言い方はなかったでしょうか……? ぐりとぐらは「お料理することと食べることが何より好きな野ねずみ」です。『リサとガスパール』は耳が長いので、“ウサギの〜” と覚えられていても納得感があります。気の毒な言われようであることは変わりませんが……。リサとガスパールはウサギでも犬でもない、架空の動物です。
なかがわりえこ[作]
おおむらゆりこ[絵]
福音館書店 1967年
Q
『これこれちこうよれ』
ありますか?
A
『日日是好日』
でよろしいでしょうか。
お殿様がお呼びです。実はこちら、まったく同じ読み方で『日々是好日』と『日日是好日』という2冊の本があります。前者は心理療法のひとつである森田療法の創始者・森田正馬の言葉を解説するもの(大原健士郎、白楊社、2003年)、後者はお茶を中心に据えたエッセイ集で、黒木華主演、共演は樹木希林で映画化もされました。
森下典子[著]
飛鳥新社 2002年
いや〜。
まさに禅問答のようです。
什麼生!
説破!
それにしても図書館スタッフの方々のレファレンスにはユーモアもウイットもあって、本当に素晴しいです。
本書で紹介されている数々のうろ覚えの衝撃と哀愁。
そしてそれに応えるレファレンスの、海のように深い包容力。
ここではご紹介しきれなかったうろ覚えたちと司書の方々のレファレンスもとっても楽しいので、ぜひご一読いただきたい。
あと、すべてのタイトルに添えられた多田玲子さんのイラストが “うろ覚え” というユルさと絶妙に相まって、最高なんです!
ここまで空耳アワー的に楽しんできたのですが、本書には、公共図書館である福井県立図書館の方々の「図書館という場所」に対する大切な思いが込められていますので、最後にご紹介させていただきます。
(前略)
本を読むことはあらゆる人に認められた権利です。2019年には「読書バリアフリー法」(視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律)が施行されました。この法律は、障がいの有無にかかわらずすべての方が読書を通じて文字・活字文化を享受することができる社会の実現を目指してつくられました。福井県立図書館でも録音図書や点字本、大活字本などを整備し、さまざまな施策に以前から力を入れています。地域に住んでいる、本を読みたい人すべてが本を読めるようにすること、それは公共図書館の使命のひとつです。
司書過程で学んでいたとき、先生から「人間の営みのすべては学問領域である。そしてそれらがすべて本になる」と言われたことがありました。眠る、料理をする、食べる、歯を磨く、働く、学ぶ、選択をする、歩く……その言葉のとおり、何だって本になっています。
「自分は本を読む習慣がないから、図書館は関係ない場所」
そんなふうにおっしゃる方でも、聞いてみるとお料理が好きでレシピ本を読んでいたりすることがあります。自分では本じゃないと思っているものも本なんです。そしてそれが詰まっているのが図書館です。
(後略)
みんなの図書館
人生を楽しく豊かに生きていくための知恵は、きっとやわらかな頭と心に宿るのでしょうね。
本は、そっと静かに寄り添い、それらのヒントを見つける手助けをしてくれます。
いつも。
本って、楽しい。
図書館って、楽しい。
福井県立図書館『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』講談社(2021年)
