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ズレいけ#01制度に“整った人”しかいちゃいけないの?― ペアレントメンター講座に参加する理由が、ちょっとズレてるかもしれない件



ペアレントメンターという制度がある。
発達障害のある子を育てた経験をもとに、ほかの保護者に寄り添い、制度や情報を伝え、安心できる時間を届ける仕組み。

とても整った制度だと思う。
だけど、その“整い”の中に、
自分の居場所がある気は、正直しなかった。


数年前、「ペアレントメンターに聞いてみよう」
という趣旨の会に参加したことがある。
そのとき、
わたしは前に座っていた“えらい人”に、
質問を投げた。

「当事者目線でつながれるような、そういうコミュニティって、この地域にはないんでしょうか?」

その人は、少し考えてから答えた。

「現時点では、ありません」

わたしは、重ねて伝えた。

「オンラインでつながれる場所があったら、
 すごくいいですよね」

すると返ってきたのは、

「できることには限りがありますから」――
という、線を引くような、ある種の“あきらめ”が
にじむ言葉だった。


その返答は、
制度のなかにいる人にとっては
正しいのかもしれない。
でも、

じゃあ、
あなたの求めている場はここにはないんですよ
と言われたようで、黙り込んでしまった。


たぶん、あの日を境に――
わたしは“ほんとうに息が吸える場所”を
探し始めたんだと思う。
誰かが用意してくれるのを待つのではなくて。
自分で、どこかに、つくっていけないかと
考えるようになった。


診断があるわけでもない。
でも、たぶん、発達グレー。
わたしは、整っていない。
「まわりとズレてる感覚」とずっと生きてきた。

支援される側にも、支援する側にも、
きれいに収まれないまま、
それでも働いてきた。考え続けてきた。


今回、ペアレントメンター講座に参加する。
推薦してくれたのは、信頼している支援職の方。
制度に期待しているというより、
**「あなたみたいな個体がいていいんだ」**と
背中を押してくれた人。

市に問い合わせたときには、
「そういう制度、把握していません」と言われた。
熱意があっても、制度が動かないと
参加すらできない。
逆に、推薦枠を埋めるためだけに、
よくわからないまま参加する人もいると聞いた。

「ほんとは、あなたみたいな人が行くべき
 なんだけどね」

そんな言葉も聞いた。


講座に参加する理由は、支援したいからじゃない。
「乗り越えた経験者です」と名乗るつもりもない。

わたしはただ、

制度の場に、
“整っていないままの個体”が紛れ込んでいたって
いいじゃんと思っている。

泡を吹きながら沈んでいく誰かが、
そのままの形で制度に触れるルートがあっても、
いいはずだ。


制度が整えば整うほど、
「整っていない人」が見えにくくなる。
光が強い場所の裏には、ちゃんと影ができる。

誰がそこにいて、何が見落とされているのか。
わたしは、その影の中から、
ずっと問いを投げてきた。


制度に、整った人間しかいてはいけないの?


その問いは、
わたしが“ズレていた”からこそ持てたものだ。
だからこそ、今もズレたまま、問い続ける。


制度としての“息のしやすい場所”は、
この地域ではいまだに見つかっていない。

でも、
わたしには個人的にいくつかの小さな拠点がある。
響きあえる仲間、見つけてくれた読者、
受け止めてくれる地球人たち。

それでもやっぱり、

制度のすきまに、
“見えるかたちで息ができる場所”をつくれたらと
思っている。


そして今日も、問いながら歩いている。
ズレたまんま、でもちゃんと“見ている存在”として。

※  制度や関係者を否定するものではありません。
 「制度の中に当事者がいる」ことの可能性を、
 静かに観察した記録です。



🌟現在、“ズレたまんまで行けよ”を合言葉に、
ーーー地球圏観察中そして、共生画策中。
宇宙人みしま。


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