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【ヴェルディ・ルシアン物語】 CASE1 静かに壊れる家 第2章


第2章  月曜日の社長室で

2−1  新しい依頼

月曜日の都会の朝、高層ビル群が見渡せる社長室の大きな窓からは、心地よい朝日が降り注いでいた。
静かな社長室の中で神城瞳子が資料を作成していた。
室内は黒とゴールドを基調にしたインテリア。落ち着いた間接照明が照らすデスクは綺麗に磨かれている。
パソコンから目を上げた瞳子はゆっくり息を吐いた。

花時で購入した花束が、ガラス花瓶の中で柔らかく揺れている。
スプレーバラ。トルコキキョウ。淡いラベンダー。
少しだけ、空気がほぐれる香りだ。
しかし瞳子の表情は、もう完全に“仕事”へ戻っていた。
コンコン——と社長室のドアをノックする音が聞こえてきた。

「どうぞ」
扉が静かに開く。入ってきたのは、黒スーツ姿の泉篤人だ。
柔らかいウエーブがかかった黒髪にメガネをかけている。見た目は冷静さと鋭利さを併せ持つような風貌だ。しかしその目の奥には少しの淋しさを隠し持っている。

片手にはノートパソコンとタブレットを持参している。
「お呼びでしょうか」
「ええ。座って」瞳子がデスクの前のソファを促す。

篤人は短く頷き、ソファへ腰掛ける。その動作一つまで無駄がない。
瞳子は、対面へ座りながら、静かに切り出した。
「先日、ある依頼が入ったの。依頼主は九条撫子さん。あの九条グループの九条恒一さんの高校生になる娘さんよ」
篤人の目が、わずかに細くなる。
「九条家のお嬢様からの依頼ですか?」
その名前だけで、篤人はすぐタブレットを操作し始めた。

九条グループの企業情報。資産や会計報告書。子会社や関連会社。政治的な繋がり・・・ネットや“それ以外“の方法でこの場合で調査できる情報を一瞬で引き出して行く。

篤人はタブレットに並んだ莫大な情報を見ながら、
「国内でもかなり大きな旧家ですね。九条グループも表向きは非常に経営的に安定している、優良企業です」と分析してみた。
「ええ、そうなの。会社の方は、今のところは問題はないようよ。」と答える瞳子を見ながら、自分が社長室に呼ばれるまでに、九条グループは調べていたのだな、っと篤人は瞳子のことを思いやった。

「お嬢様からの依頼というのはお父様の会社のことではない、っていうことですね。」
瞳子は篤人からの質問に答える前に先日の、撫子との打ち合わせのことを思い出しながら、篤人へどう告げようか考えた。
「撫子さんからの依頼は九条家の内部、ご家族や屋敷の様子がここ一年で全く変わってしまった。どうして、何が起こり始めているのか。とても不安だということなの。」

「屋敷内のことでしたか」と言いながらすでに篤人はまたパソコンで情報を得だした。
「九条家。公家からの血筋を代々受け継ぐ国内でもとても古い一族ですね。九条恒一氏は本家の跡取り。分家筋も多岐に渡りますね。代々の先祖の婚姻や養子縁組などの縁戚を辿ると国内の古い家のどこかしらとは縁つづきになる・・・。」

「夫人は九条美緒様。こちらは武家の長く続く家柄の方ですね。あちこちの慈善団体や婦人会にも参加されている社交界の中心にいる婦人だ。」

「そしてご長男が、・・・九条清継氏 25歳  ・・・この若さでT大学工学部の助教ですか。専門は・・・・・・・バイオサイエンス系。論文数も比較的多い方ですね。」

その瞬間、篤人の指が止まったり、珍しく少し考え込むような顔をする。
「この研究分野……は……。」聞き取れるか取れないかの小声で呟く。
「何かあるの?」と瞳子が尋ねる。
「あ、いえ、まだ今の段階では推測ですので、断定はできません。ただ、」その声は少し低かった。「ただ、扱い方ではかなり危険な研究内容かと__」その声は、少し低かった。

瞳子の表情が僅かに曇った。
篤人は続ける。
「研究者本人に悪意がなくても、周囲が価値へ気づいた場合、」タブレットを閉じながら
「いろいろな利権や政治が動くかもしれません。」

篤人の分析は今までも的確なことが多い。
2人の間で沈黙が広がり、社長室の空気が、ゆっくり張り詰めていく。

瞳子は、花時で購入した花束に一瞬だけ視線を向けた。

柔らかな花々、穏やかな香り。優しい世界がこの花束の中には広がっている。
しかし来週から始まるのは、そんな空気ではないのかも知れない。

篤人が沈黙を破り、話を続けた。
「そして娘さんの撫子お嬢様。白桜学園高等部2年生。弓道部所属…・・・あっ、蒼馬君の後輩になるんですね」「もしかして蒼馬君からも?」
瞳子は頷いて「ええ。そうなの.撫子ちゃんと蒼馬は先輩後輩で、幼い頃は義母とあちらのお母様がご友人同士でよく一緒に遊んでいた中だそうよ。幼馴染ね』と答えた。」


2−2  ある疑問が。

長い打ち合わせが続いていた。
社長室の窓からは昼の陽射しに変わってきていた。
花時で購入して花束、この花の柔らかい香りだけが、この部屋の空気を少しだけ和らげている。

篤人はノートパソコンとタブレットを使いながら情報を探していた。そんな篤人を見ながら瞳子がゆっくり口を開いた。
「……もう一つ、気になることがあるの」

パソコンから目線を上げて篤人が、「何でしょう?」と尋ねる。
「撫子ちゃんからの話では九条家で長年勤めていた執事の早瀬清隆さんって方がいたらしいの。」
それを聞いた篤人の指が止まる。「いたらしい・・・?」
「ええ。半年前に突然いなくなってしまったのにただの“失踪扱い”になっているみたいなの」と瞳子が静かに答えた。しかしその言葉の意味は重かった。
「失踪・・・。穏やかではありませんね。」

篤人はメガネを掛け直しながら応える。
「表向きは“突然退職”に近い処理みたい。でも……」瞳子は、撫子の不安そうな顔を思い出す。
「撫子ちゃんの話では早瀬氏の“失踪“の前から家の空気が、重くなり使用人さん達も萎縮し始めたそうなの。だから早瀬氏の件だけが原因じゃない気がするのよ」

篤人は何も言わず、再び情報を整理し始めた。
九条家の退職履歴。使用人記録。企業登記。関連会社。画面へ流れていく膨大なデータ。
やがて篤人あることに気づいて小さく呟いた。「……妙ですね」
「何が?」
「早瀬氏失踪以降、使用人の入れ替わりが増えている」
瞳子の目が細くなる。
「しかも、屋敷管理権限の一部が変更されています」
篤人は検索方法を変えてみた。

そこへ表示された名前。
—— 御堂真臣。
「御堂……さん。どなたかしら?」
「九条恒一氏の会社の社長秘書のようです。」

瞳子はあっ!と思い出した。

蒼馬が話していた“社長秘書が屋敷に入ってくるようになった“

篤人は、瞳子の様子を気にせずに
「ここ一年ほどで、屋敷内部の管理権限まで担当し始めています」と続けてい言う。

「秘書が?・・・蒼馬も先日教えてくれていたの。」
「そうでしたか、蒼馬くん気づいたのでしょう。秘書が社長の個人宅の管理に入るのは普通ではありません」篤人の静かな断定。
「通常、旧家の屋敷管理は執事長や家政責任者が担うものです」
「……それを御堂さんって秘書が握った……そして長年仕えていた本物の執事の早瀬氏の失踪……。確かにおかしいわね。」瞳子も違和感を覚えた。
「ええ」篤人も頷く。そんな間もタブレットえ映る情報を見続ける。
綺麗すぎる管理記録。離職処理。入館管理。使用人配置。どれも整いすぎていた。
「数字だけなら優秀な執事です。でも…何か違和感が…敢えて言うなら…人間の気配がありません」

その言葉に、社長室の空気がさらに静かになる。
篤人は、眼鏡の位置を軽く直しながら頭の中を整理し始める。
「早瀬氏失踪」「使用人離脱」「御堂の管理強化」「清継の研究内容の価値」ひとつずつ、線を繋げるように整理していく。
瞳子はテーブルに置かれた資料へ視線を落とし、ゆっくりと口を開く。「篤人さん」
「はい」篤人はタブレットから目を上げる。
瞳子の表情は穏やかだったが、その声には社長としての芯があった。
「九条家について、さらに深く調べて」
篤人は短く頷きながら「対象範囲は?」と確認する。
「九条家本家、関連会社、使用人の退職記録、清継さんの研究、御堂真臣さんの動き」そこで一度、瞳子は言葉を切った。
「それから——早瀬道隆さんの失踪前後の記録」
篤人の目がわずかに鋭くなる。「承知しました」
彼はすぐに画面を切り替えた。

九条家の企業情報。役員構成。研究機関との繋がり。過去一年の人事異動。屋敷管理権限の変更履歴。
次々と情報が並んでいく。

瞳子は静かに続ける。
「遼一さんが屋敷へ入れば、現場の情報は入ってくる。けれど、あの家の問題は屋敷の中だけでは終わらない気がするの」
「同感です」篤人は淡々と答える。
「清継氏の研究が絡むなら、九条家内部だけで完結する案件ではありません」
「どういうこと?」
「扱う人間次第では」篤人の声は冷静だった。だからこそ、言葉の重さが際立つ。
「金になる研究は、人を変えます」
瞳子は黙って篤人を見る。
篤人は画面上の御堂真臣の名前へ視線を止めた。
「そして、金や権限の匂いに最初に気づく人間は、たいてい一番近くにいる」
「御堂さんかしら?」
「まだ断定はできません」篤人は眼鏡を押し上げながら慎重に言う。
「ですが、ここ一年の動きは不自然です。屋敷管理、使用人配置、退職処理。秘書の業務範囲を超えている」
瞳子は小さく息を吐いた。
「お願い。遼一さんが中へ入る前に、できる限り線を引いておいて」
「はい」篤人は迷いなく答えた。「こちらで外側を崩します。遼一さんには、中から拾ってもらう」
その言葉に、瞳子の表情が少しだけ和らぐ。「頼もしいわね」瞳子がニッコリと笑う。

「仕事ですから」篤人の表情はいつもと同じポーカーフェイスだ。そう言いながらも、
篤人の目の奥は嬉しさが滲んでいる。そんな嬉しさの感情は表には、特に瞳子には見せないようにしたい。でも……。

「コーヒーでも淹れましょう。社長、少し休憩をお取りください。」

2-3  遼一との打ち合わせ

社長室には、静かなコーヒーの香りが残っていた。篤人が淹れたサイフォンコーヒー。
黒いカップから、細く湯気が立ち上っている。
瞳子は、その香りを感じながら、再び資料へ目を落とした。
九条家。早瀬道隆。御堂真臣。九条清継。
それぞれの名前が、頭の中でゆっくり繋がっていく。——何かが噛み合いすぎている。

そんな嫌な感覚だけが、静かに残っていた。
「……篤人さん」
篤人は、コーヒーカップを置きながら視線を向ける。
「特に御堂さん。あの人の経歴と、この一年の九条家内部管理の変化を重点的に調査をお願い。それと清継さんの研究内容や研究資金の流れとかも。」
その瞬間。篤人の目が、わずかに細くなる。
「研究費ですか」
「ええ。どこか外部と繋がっている気がするの」
篤人は少し考え、静かに答えた。「可能性はあります」
「清継氏本人が無頓着でも、周囲が放っておかないかもしれません。」
「……やっぱりそう思う?」
「ええ」篤人はタブレットを閉じながら短く頷く。
「価値のある研究には、必ず“匂い”が出ますよ」その言葉は、冷静だった。
「お願いね」瞳子が小さく答える。
「こちらで外側を調べます」
そして、ほんの少しだけ柔らかく笑った。
「遼一さんには、現場で動いてもらいましょう」
その言葉に、瞳子も少しだけ表情を和らげる。
篤人は資料をまとめると、静かに立ち上がった。黒いネクタイ。ネイビーのワイシャツ。整った横顔。相変わらず隙がない。
「では一旦部屋に戻ります」そういうと静かに立ち去った。
篤人は、ヴェルディ・ルシアン内部でも限られた者しか入れない、分析室へ向かった。
薄暗い廊下と歩き一番奥の部屋の扉を開ける。認証ロックが解除され“分析室“に入る。そこには複数モニターや資料、パソコンが並んでいる。
ここが、泉篤人の戦場だった。

一方。
社長室へ残った瞳子は、静かにスマートフォンを手に取る。
連絡先一覧。その中から、一つの名前を押した。
—— 新堂遼一。
コール音が続いた数秒後。
低く落ち着いた声が聞こえる。『……はい。新堂です』
瞳子は、少しだけ椅子へ背を預けた。
「遼一さん、今会社にいる?」
『ええ。下のラウンジにおります』
「少し、社長室へ来てもらえる?」
『……承知しました』
「正式にお願いしたい案件があるの」
電話越しに、遼一の静かな声が返る。
『すぐに伺います』と聞こえて通話が切れる。

瞳子はゆっくりスマホを置き、花瓶の花束を眺める。
数分後。
コンコン——
重厚な社長室の扉が、静かにノックされた。
「どうぞ」瞳子が声をかける。
ゆっくり開いた扉の向こうから黒スーツ姿の新堂遼一が現れた。
短く整えられた黒髪。いかにも鍛えているような肩幅の大きな背の高い無駄のない立ち姿はどこも隙がない。
しかし彼の持つ空気感は穏やかなものなのだ。
「失礼いたします」低く落ち着いた声を出しながら遼一が入ってきた。

瞳子は小さく頷きながら「ありがとう、急に呼び出してしまって」という。
「いえ」と言いながら遼一はソファへ腰掛ける。
その動作一つまで静かだった。

デスク上には、篤人がまとめた資料が置いてある。
九条家の家系図。屋敷見取り図。使用人配置。関連企業。研究資料。
瞳子は、静かに資料を開きながら遼一に説明を始めた。
「新しい依頼が入ったの。依頼主は九条撫子さんです。」
「九条家のお嬢様ですね」遼一が答える
「ええ。白桜学園の生徒で、蒼馬の後輩。確か、九条家と遼一さんの新堂家の主家である林家は縁戚関係よね?」
「はい。林家の現在の御当主の奥様の従姉妹にあたる方が九条家の奥様です。」遼一は軽く頷く。
「撫子さんからの相談内容は、“家の空気がおかしい”」と瞳子が静かに言った。
遼一は黙ったまま、資料へ目を落とす。
瞳子は続けた。
「現時点で分かっているのは、ここ一年で使用人の離職が増えていること。そして、九条家執事の早瀬道隆さんが、事実上失踪していること」
遼一の視線が止まる。
「ただ、表向きには“退職扱い”なの。」
「それは……妙ですね」静かな声だった。
でも。その短い一言だけで、彼も違和感を感じ取っているのが分かる。
瞳子はさらに資料を差し出す。
「それから、長男の九条清継さん」清継の研究内容や、論文のタイトル一覧がすでに纏めてある。
遼一は、篤人が先程調べた資料を一枚ずつゆっくり確認していく。
「T大学の助教で、バイオサイエンス系研究者だそうよ。」
「清継さんはまだお若いはずだが、」
「かなり優秀な方のようよ。」
ここで瞳子は少しだけ声を落とした。
「篤人さん曰く、研究内容次第では大きな価値を持つ可能性があるそうよ」
「……金になる研究、ですか」遼一の目が僅かに困惑の表情を見せる。
「ええ。まだ断定はできないけれど」
遼一はしばらく黙り、資料を読みながら考えている。
“家の空気がおかしい”という、
曖昧で、でも無視できない依頼。高校生のお嬢さんが不安を感じ取るくらいだ……。

瞳子は、そんな遼一を静かに見ていた。
遼一は、正義感が強く、そして優しい人だ。
それゆえ他人の持つ空気感や、微妙な変化にとても敏感な質なのだ。

遼一は、閉じた資料の上へ静かに指を置いたまま、しばらく考えていた。
社長室には、空調の低い音だけが流れている。
瞳子は、もう一枚の資料を机へ滑らせた。
「それと、もう一人」と瞳子の声に遼一の視線が資料に向く
—— 御堂真臣。
「……秘書?ですか?」
「ええ。九条恒一さんの会社の社長秘書」

篤人がまとめた簡易経歴が書かれていたが最後の行に“ここ一年、九条家屋敷内部管理へ深く関与”という一文を遼一の視線が止まる。
「篤人さんが今、この人についても調査してるわ」
「秘書が屋敷管理まで?それはおかしい」
「ええ。普通ではないわよね。」

遼一の先祖が代々ある藩主に仕えてきた家系だ。それは家老職というものではなく、本当の“内向き“のことするものだ。そのためますます遼一には違和感を感じるのだ。
遼一は資料を読み進める。本来、執事長や家政責任者が担う領域。それを、秘書が握っている。
「…………」短い沈黙が流れる。瞳子は、その横顔を見ていた。
「妙ですね」
「何が?」
遼一は、資料から目を離さず答える。
「管理範囲が広すぎる」「それに——」
少しだけ、視線が細くなる。
「“整いすぎている”感じがします」
瞳子は小さく目を見開いた。
それは、篤人も口にしていた感覚。
数字は綺麗。記録も綺麗。
でも、どこか、人間の生活の温度がない。
「使用人が多い家ほど、多少の雑さが出るものです。しかしこれは妙に統制されいている。」
「篤人さんも、似たこと言ってたわ」と瞳子は言った。
遼一は、御堂の顔写真へ視線を落とした。
銀縁眼鏡。綺麗すぎる笑顔。整ったスーツ。感情の読めない表情。
遼一の中で、小さな違和感が引っかかった。
理由はまだ分からないが長年、人を見てきた感覚が、静かに警戒している。
「この秘書は“屋敷の外”より“屋敷の中”へ興味があるタイプかもしれません」

瞳子は静かに頷いた。

数分後、遼一はゆっくり資料を閉じて言った
「現時点では、まだ“何かがおかしい”以上のことは分かりませんね」
「ですが——長く居てはいけない空気の家、というのはあります」

その言葉は、遼一の今まで様々な経験から来ていた。
「遼一さん、九条家に入ってくれる?」そう依頼した瞳子の顔は“ヴェルディ・ルシアン“の社長の顔だった。

遼一は、迷いなく頷いて応えた。
「承知しました」「まずは、九条家の空気を見てきます」

月曜の東京。何事もないように動く街。
でも。その裏で、今日も確実に何かが崩れ始めている。

2-4 束の間の日常

月曜から数日。
ヴェルディ・ルシアンは、いつも通りの通常業務で動いていた。
高級マンションの生活補助。海外VIP対応。企業秘書業務。護衛依頼。
メンタルケア。富裕層向けの各種サポート。

一見すれば、平穏な日常。その様々のサービスに有能な社員達を派遣しているのだ。
その裏で、三人は静かに九条家を追っていた。

社長室では、瞳子が社員からの業務報告書へ目を通していた。
「佐伯さん、昨日の案件お疲れ様でした。先方もまた佐伯さんにとお言葉をいただいたわ。良い仕事をしてくれてありがとう。今日は早めに上がってね」
柔らかな声だ。
モニター越しの女性社員が、ほっとしたように笑う。
『ありがとうございます、社長』
瞳子は、社員の小さな変化も見守っている。
疲れや体調、心労を感じていないか。無理をしていないか。
社員の状態にも心配りをし、サポートをする。
だからこそ、社員達も安心して業務に就き、またスキルアップにも頑張る社風になる。
そのため、有能な人材が育ち、顧客達からもヴェルディ・ルシアンは信頼されていた。

瞳子は社員達との打ち合わせや声かけのために下の階のラウンジに行った。

瞳子の机には再び九条家の資料がある。その資料にはどんどん分厚くなり、付箋の数も増えていく。
そして、どの分野の資料にも出てくるよになる名前があった。
御堂真臣。
その名前だけが、じわじわ存在感を増していた。

一方。
分析室では、篤人が相変わらずモニターへ向かっていた。
青白い光。並ぶデータ。キーボード音。そしてコーヒーの香り。

社員から届く通常案件の報告へ指示を返しながら、同時に九条家関連の情報を洗っていた。
「……妙だな」
画面には、九条家関連企業の資金移動を映し出していた。

それは研究関連名目の小規模出資が増えていることを示しているデータだった。
しかし清継本人の論文活動や生活は、あまりに普通だ。

つまり、会社の“誰か”が、清継の研究価値へ先に気づいているための資金の流れであるかのようだ。
篤人は、開いていた別のモニターの御堂真臣の経歴画面を眺める。
完璧すぎる秘書。綺麗すぎる経歴。問題のない評判。

本当だろうか?問題がないこと自体が、逆に不自然に映る。
「……人間味が薄いやつだ」静かに呟く。

いや、“他人“からみると自分もそうか?
少し自虐的に考えてふっと笑う。
モニターの向こうで、御堂真臣が微笑んでいる顔が写っている。
「同族嫌悪か?俺はどうにも鼻からキミが嫌で仕方がない」

そして。
遼一もまた、通常業務をこなしながら準備を進めていた。
昼は、高齢の常連のご婦人の依頼でデパートへの買い物サポートと護衛。
夜は、顧客が海外要人との会食をするための送迎と護衛。
執事としての遼一の完璧な所作や柔らかな笑顔はどこへ行っても信頼されている
遼一への指名は増えるばかりだ。
しかしその合間も篤人から送られてくる情報を静かに読み込んでいた。
使用人配置。屋敷見取り図。九条家の生活動線。
そして。御堂真臣。
遼一は、送迎の車の中でも読み込んでいた。
“何か”が引っかかるのだ。しかしそれが何なのかまだ分からない。
しかし、長年、様々な家を見てきた感覚が警鐘を鳴らしていた。
「……管理している、というより」
「閉じ込めているようだな」静かな独り言を吐く。
車窓の外では、
夜の高級レストランがある大人の街の落ち着いた間接照明が灯っていた。

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