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私の考え方について


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名前:縁の下の野郎
   縁の下の力持ちでありたいが力持ちはおこがましいので力持ちになりきることのできない野郎で「縁の下の野郎」

縁の下の力持ち

「縁の下の力持ち」を辞書で引くと他人のために陰で努力する様と出てくる。ある記事によればこの言葉の由来は大阪府の四天王寺で経供養の際に行われた舞楽が舞台でないところで回れていたことから「椽の下の舞」と呼ばれそれが見えないところで努力し苦労しているなどの意味で使われたことが語源となったとのことだ。

今どきの若者

よく、年長者から「今どきの若者は…」と言われるが今どきのとはいったいどういった意味なのだろうか?
今どきと言っているその人もその今を生きている。
そして若者と言っているその人も若者だった時代はあるはずだ。
という、若者も少しボケかけたようなご老人や問題発言をする年配の政治家を見れば「老害だ」という。
と言っている私も今は「今どきの若者は…」と言われているが数十年たてば私が「今どきの若者は…」と言い「老害だ」と言われるのだろう。
わたしからすれば世代間のギャップから生じる発言であり双方が認めなくてはならない。

ハラスメント

近年、セクハラ(セクシュアルハラスメント)、パワハラ(パワーハラスメント)の類の○○ハラスメントという言葉が多く正直よくわからない。
これはあくまでも私の考えだがサービスを提供する側や指導する上級者(上司や教師等)からすれば何をきっかけに「○○ハラスメントです。」と言われるかわからない「ハラスメントハラスメント」ではないだろうか。

偏向教育

偏向教育というものには厳しく批判したい。 親や教員、上司、様々な思想を持つのは自由だ。 しかし、それを押し付けるようなことをしてはいけない。 私が小学校の時の経験だが当時の担任の先生は集団的自衛権を容認することに批判的な考えを持っていた。 平和学習の中で「集団的自衛権とは戦争をするもの」だといった。 続いて「戦争をするものだから絶対に認めてはならない。」といった。 確かに極端に言えばそうだろう、しかしこれは単に戦争をするためのものではなくこのような構えであることが我が国を守ることにつながるのではないだろうか? この発言のどこに問題があるのかというと「絶対に認めてはならない」の絶対という字言葉に問題があるのだ。
集団的自衛権を容認することでデメリットしかないのではなくメリットが必ずあるのだ。それは、物事には表があれば裏があるという考えから思うことであるが・・・。
そして、公立学校での教員は全体の奉仕者であり教育者という立場であるため中立な立場を欠いているという点は厳しく批判しなくてはならない。
平和学習は総合的な学習の中でも非常に重要な学習であり多くの論点や考え方のある授業であるからこそ様々な考え方を示し中立な立場を維持しなくてはならないと私は考える。
Ps.私はこの集団的自衛権が単に戦争をするものとは思わないが肯定はしない立場である。

最後に

私は、様々な問題に興味を持つ堅苦しい人間です。
しかし、考えてみるということは非常に重要なことであると考えています。
今回はそんな私の考え4つをまとめて記事を作成してみました。
興味のある記事や投稿がある際はお気軽にコメントください。
よろしくお願いいたします。




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