言葉は時として本来の意味を押しのけて変化して上書きされるもののようです。
言葉は、変化しながら育つ。
一般的な口語体ではあまり使いませんが、お芝居や時代劇で「片腹痛い」というセリフを聞くことが有りますね。または、「片腹痛いワイ」と言いながら見栄を切る歌舞伎などでもおなじみの言葉です。
私はそのことを長い間
「横腹が痛いほど参る」という意味だと思ってました。
マラソンで脇腹が痛くなり、
思わず手で押さえて立ち止まるという、あの痛みに近い感覚です。
ふと気になって調べてみると、語源は「傍ら痛し」。
本来は「そばで見ていて気の毒だ」「見苦しい」という、第三者の視点を表す言葉だったという。
ところが、長い年月のうちに「傍ら」が「片腹」と受け取られ変化して、新しい意味として定着した物らしいのです。
つまり、無理やりこじつけるとするならば、一人のへっぽこマラソンランナーがゴールだと間違えて飛び込んだのに、観客全員が拍手をして、「今日からそこがゴールです」と決めてしまったようなもの。
『例えに無理ありですが、そこは突っ切っていくとします(笑)』
考えてみれば、人間の記憶とても同じではないでしょうか。思い出すたびに少しずつ編集され、いつしか「本来の記憶や意味」より、「今の自分が納得できる状況の記憶」がすり替わって本物になっていく。
言葉もまた、厳密に語源を保存しているのではなく、人々の記憶によって上書きされ続けているもののようです。
長い年月を経て、本来の意味合いが変化変容を遂げて、今の形にどり着くまでに、「片腹痛い」ご仁は幾多あまたの数知れず…..。
日本語の面白さを見つけてみればまたひとつ迷解釈でした(苦笑)。
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