⑤人生の再生ストーリー 子ども達が、私の一番の応援団でした。
恋愛の苦しさは、
まだ終わっていませんでした。
彼を思い出しては、
心が揺れる日もありました。
でも、
私には、
立ち止まっていられない理由が
ありました。
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長女が高校へ入学し、
アルバイトを始めました。
24時間営業の、
カフェも併設しているガソリンスタンド。
家から自転車で約50分。
早番の時には、
朝4時には起きて、
5時前には家を出ていきます。
学校が終われば、
そのままアルバイト。
まだ高校生になったばかり。
それでも、
弱音を吐くことなく、
毎日、一生懸命働いていました。
その小さな背中が、
私には、
とても大きく見えました。
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そして、
小学6年生だった次女。
私がまだ寝ている間に、
ゴミを出してくれたり、
時には、
夕飯まで作ってくれていました。
メニューは、
決まって親子丼。
今思えば、
少し味が濃かった気もしますが。
でも、
あれは世界一、温かく
忘れられない親子丼でした。

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仕事へ向かう朝。
脳裏に浮かんだのは、
長女の自転車で出かけていく
後ろ姿。
次女が作ってくれた、
少し味の濃い親子丼。
その時、
気づいたんです。
頑張っていたのは、
私だけじゃなかった…。
子どもたちも、
それぞれの場所で、
毎日を一生懸命に生きていたんです。
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私は、
子どもたちを守るために、
必死で働いていました。
そのつもりでした。
でも今振り返ると、
子どもたちの存在が、
私を前へ進ませてくれていたのだと
思います。
長女の頑張る姿。
次女の小さな優しさ。
何気ない毎日の中で、
私は何度も何度も、
その姿に励まされていたんです。
子どもたちは、
私の、一番の応援団でした。
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苦しさが消えたわけでもありません。
それでも、
少しずつ、
私の心は変わり始めていました。
彼を見ていた毎日から、
子どもたちの笑顔を見つめる毎日へ。
絶望ばかり見ていた毎日から、
未来を思い描ける毎日へ。
ほんの少しずつ。
本当に、
少しずつでした。
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今だから、分かることがあります。
あの頃の私に、
前へ進む力をくれたのは、
子どもたちだったんです。
人は一人で強くなれない時もある。
誰かに支えられながらでも、
少しずつ強くなっていくのだと
いうことを。
人生の再生は、
特別な奇跡から始まるものでも
ありません。
大切な人の優しさに気づき、
もう一度前を向こうと思えた日。
その小さくても、確実な一歩が、
人生の再生の始まりだったのです。
