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小説/春の風葬《#シロクマ文芸部》約2000字

春の風葬が執り行われてから7年。
名も知らない鳥のつがいが囀り合う丘を、春の家族だった僕たちは、洗骨のために無言で登る。
まだ、雨季でもないのに湿度がずいぶんと高い。
最後尾を歩く僕には、前を歩くみんなの白い喪服が汗で滲んで透けているのが見える。
まるで体が透けているみたいだ。
でもそこには何もない。
その腹に、その心に。何も隠されてはいない。
だから誰も何も言わず、必死に先頭の父親についてゆく。
ふと脇の茂みを見ると、小さなオレンジ色の果実がなっている。それを素早く2個もぎ取り、まだ小さな妹たちのためにと、そっとポケットに忍ばせる。

この島には、老衰か病死した者は風葬、事故死した者は鳥葬、殺害された者は火葬、というしきたりがある。
火葬など一度も見たことはないけれど。
7年前、12歳の成人の儀を迎え、漢字の名を付けてもらったばかりの春は、名もない病で翌日に命を落とした。小さな柩を家族で抱え、泣きながらこの丘の上にある風葬場に運んだ日は、黄色い花びらが無数に舞う、風の強い夜だった。
双子だった僕が同じ病を持っているのではないかと半年ほど隔離されたけれど、僕は無事、生き延びている。
同じ病のわけがないんだ。
「あそこだ」
父親が丘の上の大きな木を指さし、振り返って家族に伝えた。
知ってる。
僕は父親を睨みつけた。決して言葉には出さない思いを、下唇を噛んで誤魔化す。

隔離されていた間も、僕は毎晩のようにこの場所を訪れた。
もしかして春が生き返っているのではないか。寝転がって、星を眺めているだけではないのか。
鳥除けの柵の中で、両手を合わせて静かに仰向けになっている春の隣で、毎晩のように一緒に流星を数えた。108つ見つければ願いが叶うと信じて。
だけど僕と同じ背丈の春は、徐々に細く、小さくなった。
頬は痩せこけ、目は落ち窪み、きれいに揃った歯がむき出しになった。可愛いらしかった春は、次の満月の夜には、春の面影を失くしていた。
それでも僕は毎晩のように通って、綺麗な雨風と共に自然に還ってゆく春を見届けた。僕の中の春はいつまでも風化せずに、ただただ静かに、丘のてっぺんに眠っていた。

丘の上の風葬場に着くと、父親がどかりと木陰に腰を下ろした。
「はじめろ」
その合図で母が「はい」と返事をして、しょっていた竹籠を降ろす。
中から清酒の入った壺と、猪毛のブラシ、麻の布を取り出す。清酒で湿らせた布を渡された妹のラッサとリーは、春の横たわっている柵の前で立ち尽くす。
ふたりにとって洗骨は初めての経験だし、ふたりとも春におしめを変えてもらった事なんて、きっと覚えていない。
僕は、所定位置となる父の斜め後ろで立ったまま作業を見守った。
母が手際よく柵を壊し、まずは心臓から一番遠い足の骨をリーに手渡す。
リーは、麻の布で骨を包むように受け取り、そして優しく磨きだす。次の骨はラッサへ。まだ原型を留めている大腿骨は、母が猪毛のブラシで余計な汚れや皮膚を削ぎ落としてから清酒をかけて優しく拭う。

太陽がいかに強く降り注ごうと、洗骨は女だけの仕事だった。
父親は自分のポケットに仕舞っていた盃を取り出して清酒を注ぎ、飲み始める。立て続けに三杯飲んでから、僕に盃を向けた。僕にも飲めと言うサインのようだ。

名も知らぬ鳥が、真っ赤な花の蜜を吸いに来た。
艶のある鮮やかな色を持つオスと、地味な保護色のメス。
その鮮やかな色は、メスに選んでもらうため。
地味な保護色は、敵から身を守るため。
そうして彼らは命を繋いできた。

僕は、にわかに春が言っていた言葉を思い出した。
「見て!すてきな色の服!」
太陽や海の色に染められた麻のドレスをひらひらと揺らし、誇らしげにくるくると回る春。
「いただいた名も服も、気に入ってるの」
漢字一文字の名は、いま、誰のものでもないという証。
女は12歳で「家族」ではなくなり、誰かに選ばれるのを待つ。
「スーリみたいな優しい人がいる家に行きたいわ」
まだ、世界の外を知らなかった僕たち。ここが世のすべてで、それ以外に正しいことなど何もないと、信じて疑わなかったあの頃。

僕は父からの盃は受け取らず、徐々に白く綺麗になっていく春のからだにふらふらと近づいた。
鎖骨を丁寧に搔き集めていた母が、驚いて僕を見上げる。
「スーリ、何をする!」
背後から父親の怒号が飛ぶ。
僕は構わずひざまずき、僅かに残る春の髪をそっと撫でる。
「スーリ! お前は骨に触ってはいかん!」
父親は怒鳴るだけで動きはしない。
母と妹たちは、息をのんで僕を見ている。
僕は春の頭を両手で撫で、そこに自分の唇を寄せる。

愛おしい、愛おしかった、僕の片割れ。

残された僕に、いったい何ができるだろうか。
この小さな世界を、変えることが、できるのだろうか。

僕の唇が春の頭部に触れたとき、頭蓋骨は音もなく崩れて粉になった。
春は、春のまま、自然に還った。
誰のものでもない、春のまま。
それだけが唯一の、救いだと思えた。


この島には、老衰か病死した者は風葬、事故死した者は鳥葬、殺害された者は火葬、というしきたりがある。

この島で12歳を迎えた女は、病死することが多い。
この島での自死は、病死と同じ扱いを受ける。



※ こちらのサイトなどを参考にはしましたが、すべて架空の世界の架空の物語です。

小牧部長、いつもありがとうございます。


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豆島  圭 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 サポートしていただいた分は、創作活動に励んでいらっしゃる他の方に還元します。