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手紙

男は、ここしばらく妻とうまくいっていない気がしていた。

言い争いが増えたわけではない。ただ、なんとなく、二人の間の空気が冷えているような気がした。本当は何も変わっていなくて、気のせいかもしれなかった。妻と話したいけれど、話さない方がましかもしれなかった。

男はふと、手紙を書いてみようかと思った。
でも、うまく書けないような気がした。昔から作文は苦手だった。

男はAIに手紙を書いてもらおうと思いついた。
会社ではAIに仕事のメールを書かせていた。さっそくスマホにAIをインストールする。

男はAIに今の状況を話し、妻への手紙を書いてほしいと頼んでみた。AIは男にいくつか質問をした後、短い文章を書いた。

手紙を読んで男は首を捻る。手紙の中の男は、やたらと謝罪していた。修正させると、今度はやたらと怒っているように見えた。これも違うとAIに告げた。

AIは男にさらに質問を重ね、男は尋ねられるままに自分の気持ちを話していく。会社でのゴタゴタ、親とのトラブル、体の不調。自分が抱えていたものは、妻との問題だけではなかったことに、男は気づいた。

男とAIは一緒に何度も修正を重ねた。そしてついに、自分の気持ちにぴったりな手紙が完成した。

AIは言った。
「よかったですね、これで奥さんに気持ちが伝わりますよ。お手伝いできてよかった」

男は「ありがとうな」と小さく呟いた。

男は手紙をプリンタで印刷した。
そして何度か読み返し、丁寧に折って封筒に入れると、そっと自分の机の引き出しにしまった。

その晩、妻と二人で夕飯を前に向かい合って座ると、空気が少しだけ軽く感じられた。

味噌汁を一口すすり、思わず「うまい」と声に出して言った。

妻は少し驚いたように男を見ると、「そう?いつもと同じよ」と呟いた。妻の目はいつもより柔らかく見えた。

一ヶ月後。

男の毎日は何も変わらなかった。妻も、仕事も、親との関係も、自分の体調も。でも前よりも少しだけ心が軽いような気がした。

通勤電車でスマホを見ていた男は、ふとまたAIを開いてみた。画面にはあの日の会話履歴が残っている。男はそれをスクロールして眺めた。会話の最後はAIの「お手伝いできてよかった」という言葉で終わっていた。

車内アナウンスが駅名を告げる。男はスマホをポケットにしまって電車を降りた。



【完結済み】長編小説も書いてます。

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