海に浮かぶ聖堂、モンサンミッシェルで「泡」を食す
海に浮かぶ聖堂、モンサンミッシェルで「泡」を食す
旅好きなら一生に一度は訪れたいと願う場所、フランス北部ノルマンディの「モンサンミッシェル」。
パリから北へバスを走らせること約3時間。遮るもののない景色の先に、突如として海に浮かぶ姿が現れます。その神々しさは、まるで奈良の平城京を彷彿とさせ、初めて目にする者を一瞬で圧倒します。
708年の創建以来、増改築を繰り返し13世紀に今のゴシック様式へと姿を変えたこの島は、今もなお世界中から巡礼者が集う聖地です。桟橋を渡り、活気あふれる参道へ足を踏み入れると、行き交う言語の多様さにここが世界の交差点であることを実感します。
しかし、聖堂への道のりは決して平坦ではありません。土産物屋が並ぶ賑やかな坂道を抜けた先に待っているのは、息が切れるほど急な階段。それはまるで、神様が最後に与えた試練のようです。かつて海の中にこの巨城を築くため、多くの作業員が命を落としたという歴史の重みが、一歩一歩の足取りに重なります。
この過酷な道のりを経てこそ、味わえる「ご褒美」があります。それが名物のオムレツです。
店内で運ばれてきた皿を見て、私は目を見張りました。それは私たちが知るオムレツとは全く違う、まるで「泡」そのもの。口に運ぶと、形を留める間もなく儚く消えていく不思議な食感です。
「なぜ、これほどまでに軽いのか?」
その答えは、この場所の歴史にありました。長旅と急階段で疲れ果て、食欲さえ失いかけた巡礼者が、すぐに栄養を吸収できるようにと考案された知恵の結晶だったのです。ここはやはり、観光地である前に「巡礼者のための街」なのだと、その一口が教えてくれました。

一泊した翌朝、静まり返った参道を歩いていると、風や波の音とは違う、何とも表現しがたい不思議な「声」が聞こえてくるような気がしました。名残惜しさに何度も振り返りながら後にした、あの海に浮かぶ礼拝堂。
歴史、祈り、そして巡礼者のための優しい一皿。モンサンミッシェルは、一生忘れられない、五感に刻まれる世界遺産でした。
