旅人にもらった絵―祖父の思い出
濃紺の夜空に咲く、真っ赤な花びら。ぴかり、と一瞬大きく開いて、あっという間に滲んでぼやけて消えていく。
私の実家の玄関には、一枚の花火の絵が飾ってある。
油絵が趣味なんていう洒落た人は誰もいないので、ふとどういう経緯で我が家にやってきたものなのか今は亡き祖父に聞いてみたことがあった。
「ああ、あれはむかし嵐の晩に、真夜中に玄関を叩いてきた男がいてね。一晩泊めてやったら、自分は旅をしながら絵を描いているから、泊めてもらったお礼にって送ってきたんだよ」
ずいぶんできすぎた話だと思った。なんだか日本昔話みたいだし……。
でも、実際祖父には妙に人懐こいところがあった。そのせいで本棚には押し売りから買わされた辞典が並び、仏壇の前には写真の勉強をしているという人にこれまた買わされた風景の写真が飾ってあるしまつだった。
私もセールスマンから「お孫さんにどうぞ」ともらったものが実家にいくつかある。百色の色鉛筆にイミテーションのネックレス、ぴかぴか光る金と銀の折り紙。
祖父は鷹揚な人だった。
祖父は以前に町内会のお祭りで作った法被に入れた名前を思いきり間違えられたことがある。
例えば「たかし」が「たすけ」になっているみたいな完全な間違いだ。
でも祖父は「たすけもいい名前だねえ。まあいいや」とニコニコ顔で着ていた。
一番驚いたのは、なんと言ってもあの時だ。
どこの小学校の学区にも一人くらい「有名なあやしいおじさん」がいると思う。私の小学校の近くにも、派手な格好をして校門の前で子どもにお菓子を配るおじさんがいて、先生たちに「あの人から物をもらってはいけません」と言い聞かされていた。
ところが私はある日、祖父と例のおじさんが道端で何やら楽しそうに立ち話をしているのを見てしまったのである!!
家に帰ってからどきどきしながら聞いてみた。
「おじいちゃんはあのおじさんと仲良しなの?」
「うーん、あいつはよくうちの前を通るから。元気かなあと思ってたまに話をしている」
よく分からない返事だった。
でも、祖父は戦争の話になると「その話はしたくない」と黙り込んでしまうようなところもあった。
子ども心に、少年期を戦時中に過ごしたことが祖父の生涯に暗い影を落としているのをずっと感じていた。
そういえば突然変なことを言っていたこともある。
「いつも胸ポケットに分厚い手帳を入れておくと、拳銃で撃たれた時に助かるかも知れないよ。そうやって助かった人がたくさんいるんだから」なんて、真面目な顔で。まさか実体験ではないと思うけれど。
祖父が亡くなった時はわけが分からないほどたくさんの人が集まって、斎場ではあちこちで昔話に花が咲いて笑い声がこぼれていた。
でも、私は大きな花輪が並んだ斎場を眺めていると急に棺の中の祖父がむっくり起き上がって「いいよいいよ、こんな大変なのやらなくて。そのへんに埋めてくれりゃあいいから」なんて言い出しそうな気がしていた。
追記
実家に帰った後に何気なくあの絵をスマホで撮ってみた。
すると、そこに写っていたのはなんと……「ポピーの絵」だった。
なんということでしょう。家が薄暗いせいで私は大人になるまでずっとどう見てもお花の絵なのに花火の絵だと勘違いしていたのだ。
祖父の記憶もおぼろげで、エピソードの数々も段々本当にあったことなのかも自信がなくなってきてしまった。
でも、確かに旅人にもらったというポピーの絵はまだそこにある。
この内容は前にエッセイの賞に出してからお蔵入りしていたのですが、
ちょうどいい機会だと思い #なんのはなしです家 に応募させていただくことにしました。
