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ストレンジャーシングス シーズン5の感想

ここからはストレンジャーシングスの重大なネタバレを含みます。
ご注意ください。


まじで、この作品はハリーポッター的な演者たちの成長と登場人物の成長がシンクロする作品なので、初見は自分の目で、自分の心で観て欲しい。
なので、未試聴の方は、読まない方がいいです。







シーズン5の絶望ラッシュが本当に辛かった。

ただでさえシーズン4が犠牲者続出、ホーキンス崩壊、MAXが魂のない抜け殻状態になってて、シーズン5に希望を求めに(とはいえ、ここには絶望が詰まっているんだろうなとは思いつつ)来たのに、お出しされたのは想像を遥かに超える絶望で、絶望した。

もう!!ホーキンスの面々を許してやってくれ!!!!
シーズン1からずっと辛い想いをしてきただろ!!!!
ホーキンスが何をしたって言うんだ!!!!

全然、一致団結しない群像劇

この作品は、登場人物が抱える人間関係における擦れ違いがリアルで、お互いの隠し事や建前や見栄や意地や一方的な思いやりが、これでもかと悪い方悪い方に働いて人間関係も物語も変に複雑になっていく。
それを見ていてイライラも感じはするけど、物語を通して擦れ違いの理由が丁寧に描かれるし、その理由も凄く人間らしくて共感できてしまうから、誰かを悪いとも言えない。だからもどかしい。
このモヤモヤとした状況の中にたまに差し込まれるコミカルな描写が絶望のなかで一層にキラキラと輝いて見える。でもその輝きが強ければ強いほど、このあと絶望に落とされるんじゃないかという不安も強まっていく。そして絶望に落とされる。クソが…。
なんと邪悪なシナリオだろうか。

ロビンとウィルの関係性がいい味出してた

ウィルを真の意味で解き放ってくれたのが、家族や友人ではなく、同じ悩みを抱えた知人だったのが良かった。
ウィルはずっと身内のコミュニティに依存していた。でも、同性愛という悩みを抱えてからは、その事実を知られることでコミュニティから弾き出されることに怯えてしまっていた。
コミュニティに依存するのにそのコミュニティに怯えるという負の連鎖に、少し離れた場所に居る自由奔放な大人の経験談が刺さる。
視野が広まるだけで世界は大きく変わって見える。
それも、別に大きな出来事があったわけではない。
ただ、何気ない会話のなかで訪れる。
人生という物語は、こんな小さな、だけど当人にとってはとても大きな変化によって変わっていく。
この作品は銃も爆弾も超能力も化け物も飛び交うような大きな出来事の波状攻撃なのに、ただ一度の小さな会話が、彼に一番大きな変化を与えたのだ。
ストレンジャーシングスとはそういう物語なのだ。

ダスティン?!ダスティン…。ダスティン!!

自分はこの作品のなかで、ダスティンが一番好きなキャラクターだ。
ひょうきんで、口が達者で、どこか憎めない顔立ち。
そんな彼が、風貌から雰囲気まで大きく変わってしまった。
エディの死が彼に深い影を落としてしまった。
髪型も服装も彼に囚われてしまっていた。
あの憎まれ口を叩き合いながらも最終的には仲直りしていたスティーブとさえも、口喧嘩がただのいがみ合いで終わってしまう。
スティーブがその姿を見て、心配し、嫉妬し、イラつく気持ちもわかってしまう。
観ていて一番しんどかった。
だからこそ、階段のシーンでお互いに許し合ったシーンではジーンときてしまった。
そして、最後のダスティンの卒業生代表の送辞。
もう、泣いちゃったよ。
最後の最後にスティーブとドライブに向かう姿でもっかい泣いちゃったよ。

スティーブが最後までベビーシッターしていて良かった

デッドバイデイライトにスティーブがプレイアブルキャラとして参戦していて、その固有スキルが「ベビーシッター」だったんだよね。シーズン初期から子供たちの面倒を押し付けられてきて、最後には野球のコーチと性教育の先生やってるの良すぎる。
あの性欲モンスターが性教育の先生してるのも良い。

ジョナサンとナンシー、めんどくせーーーー

お互いがお互いを想い合うせいで「付き合う」ことに固執し、それがお互いに感情を殺し合うことになって、結果としてお互いの想いが見えない状況になってしまった。
それが死の瀬戸際、これまでの本音を言い合って、指輪を渡しながら「別れる」決断をする。
二人はお互いに想い合っているが、それはずっとそばにいる関係性には向いていなかった。だからこそ、お互いをお互いに想い合って、別れるという形に帰結する。
無理に乗り越えるのではなく、お互いに別の道を歩くと決断をするのも人生の選択なんだよな。

MAXの再登場

ホリーが手紙を受け取った時点で(あ!!これ、MAXだ!!この状況で助けに来れるのMAXしかいない!!)ってなって、案の定、MAXが出てきて。MAXだーーー!!!!となった。
もうシーズン4の悲劇の印象がエグすぎてMAXの生死を確かめるためにシーズン5を観に来たと言っても過言ではないから、登場シーンはめっちゃ嬉しかったけど、同時に、この作品なら容赦なくバットエンドにしてくる可能性があるから、ずっとヌメヌメとした不安感が付きまとうことになった。
表側の世界に帰還してからもピンチの連続で、本当に最後の最後まで安心できなかった。
生き残ってくれて嬉しい。

ホリーが掘り下げられて主役になるの凄い

作品初期からいたモブ妹キャラが最終章に来てまさかのサブ主人公枠になるとは驚いた。しかも、物語をひっかきまわし、シナリオとして面白さを加速させていた。
あと、母親のカレン。ずっと蚊帳の外の面倒な母親枠だったのにここに来てデモドッグを3キルする金星を上げてきて驚いた。そりゃナンシーとマイクとホリーの母親だ。土壇場の行動力が凄すぎる。ヘンリーの血よりも研究した方が良いまである。
この作品のモブからの昇格展開が熱すぎるのと同時に使い捨て枠になる恐怖が同時に襲ってくるの本当に怖い。

壁とかワームホールとか絶望感凄かった。

物語終盤まで来て、こんな規模感の違う異質な存在が出てきてどうやって物語畳むのさーーーー!!!!ってなるぐらいには絶望感やばかった。
終盤にかけてなんか規模感がグレンラガンみたいになってきて、現実感がなさすぎて、ちょっと置いてきぼり感あったけど、こういうの外国人好きそーって感じで割と腑に落ちた。

マインドフレイヤー弱くて草

復活したてとはいえ火炎放射器と火炎瓶が効きすぎである。
ただ、ここまでのフラストレーションが強すぎたから、ホーキンスのイツメンでフルボッコにするのは正直気持ちよかった。最後の最後ぐらいご都合が許されないとね。

果てしなく続くかに見えた絶望と、その先にある小さな希望

シーズン5、ずっと絶望を畳みかけられて、4話でようやくウィルが覚醒して、仲間たちが少しずつ集まっていって、MAXが復活して、これまでの絶望の闇が深かったからこそ、一つ一つの小さな希望の光が凄く眩しくて、最後までその光を追いかけて一気見してしまった。
それなのにエルが消滅を選ぶモヤモヤ感とそれを置き去りにして始まるエピローグ。
そしてエピローグからのエピローグ。そして、また始まるエピローグ。
ずっと、それぞれの視点のエピローグ。
でもそれぞれのエピローグで、いちいち泣いちゃう。
無理だよ。ここまでずっと見守ってきたんだからさあ。
そして、視聴者の置き去りにされたモヤモヤとシンクロするように卒業式をボイコットし、一人ベンチで哀しみにくれるマイク。そこに訪れるホッパー。
幸せな世界線があれば親子になっていたかもしれない二人。
同時にホッパーはかつて大切な人を失い哀しみに囚われた先輩。
その先輩から哀しみとの付き合い方を諭され、マイクは卒業会場に向かう。
哀しいけど、こういう物語を選ぶのもストレンジャーシングスっぽさはあるかもなと思っていた。
でも、マイクは卒業会場のスピーカーを見て、一つの可能性に行きつく。
超能力抑止装置があるのにどうやってエルはトラックから裏側の世界まで移動したんだ?
いやー、自分もそれが気になってたよ。
そして、最後にマイクはD&Dのキャンペーンのエンディングで一人の英雄の物語を語る。彼女が生きているかもしれない物語を。

エルとヘンリーとマインドフレイヤー

マインドフレイヤーはヴェクナことヘンリーが生み出した存在かと思われていたが、マインドフレイヤーこそが元凶で、別次元の宇宙から自分の欠片を表側の世界に送り込んでヘンリーに取り憑いていたとは。たぶん。そんな感じだと解釈した。

いま思うと、ヘンリーがエルによってディメンションの狭間に落とされてたまたまアビスに行きついたんじゃなくて、既にマインドフレイヤーと結びついていたからアビスへと迎え入れられていたんだな。

結局、超能力は自然発生しない以上、科学者たちはヘンリーの血に固執する必要があって、その血を濃く受け継いだエルが存在する以上、あの研究はそれを求め続ける。例え、子供が生まれても、それを狙われる。

地球外の存在由来のものである以上、代替えの効かない唯一無二の力。
その呪縛から逃れるために、エルが一人で生きる道を選ぶのは納得感あるし、マイクなら私の選択がわかる。と言い残して、マイクが辿り着いたのがその答えなら、きっとそうなんだろうなと思うし、思いたい。

熟年ヒロイン。最後までちゃんとヒロイン

この作品のメインヒロインことジョイス。
まじで最後の最後までヒロインだった。
歩く死亡フラグ状態だったホッパー署長が最後まで生き残って、レストランでジョイスに告白するシーンは泣いてしまった。穏やかな顔してんのよ。二人とも。

D&Dから始まり、
D&Dで終わるのが最高だった。

テーブルトークRPGの金字塔ダンジョンズ&ドラゴンズ。
自分もソードワールドTRPG(無印)のルールブックとか読んで、1人で、遊んで…いたから…、当然D&Dのことも知っていて、シーズン1で子供たちがD&Dで遊んでいる姿をワクワクしながら見ていたのを覚えている。

物語の始まりで遊んでいたD&Dは”自分たちが英雄になれるロールプレイングゲーム”だった。それが物語を通して沢山の経験をしてD&Dがなくても”自分たち一人一人こそが自分と言う人生の物語を紡いでいく英雄なんだ”という構図になっていて、素晴らしかった。

この物語ではたびたび、D&Dのワードが使用される。それは彼らがオタクだからというだけじゃない。彼らの人生において、D&Dは何度も彼らを奮い立たせてくれた。周りから見たらただのゲーム遊びかもしれない。でも彼らにとっては大きな学びであり、大切な冒険だった。
これはゲームに想いを馳せたあの頃の子供たちの物語でもある。

そして、ゲームマスターだったウィルもルールブックを本棚に置く。
自分の物語を進んでいくために。

ここには彼らの人生という名の物語がある

シーズン1では子供だった彼ら。それを物語を通じてずっと見守り続けてきた。
シーズンが進むたびに彼らは成長していって、どんどん道を踏み外していって。関係性も変わって、多くのものを失って。
観ているこっちも苦しくて、でも、目が離せなくて。
いまは終わってしまった喪失感もあるけど、彼らが先に進んでいく希望による清々しい気持ちを抱けたのが何よりも嬉しい。

本当に素晴らしい作品だった。

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