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それ、本当に必要な会話ですか?SNSで感じた「深掘りしすぎるコミュニケーション」

SNSでは、直接顔を合わせる会話よりも、
文章だけのやりとりが中心になります。

だからこそ起こりやすいことがあります。

それは、
相手の言葉を汲み取りすぎてしまうこと。


勘違いのまま、深掘りされていく会話


先日、SNS上でこんなことがありました。

私が、相手の発言に良かれと思って返答したところ、
私の言葉に対して異なる解釈をしたまま、
「私はそんなつもりで言ったんじゃない」
という内容の長いメッセージが返ってきました。

そこには、
その人の気持ちや心理が、丁寧に、丁寧に書かれていました。

人の心理や、自分の内面を深く追求しているのだな、
そう感じる一方で、
ふと、こんな疑問が浮かびました。

この会話、本当に必要なんだろうか?


私自身にもある「深掘りしすぎる癖」


実はこれ、他人事ではありません。

私自身も、
人との会話を必要以上に深く考えてしまう癖があります。

相手の言葉の裏を読もうとして、
意味を広げすぎてしまう。

実際に発されている言葉の行間を読んで、
裏を読みすぎて深掘り暴走してしまう。

そして気づけば、
相手の本来の意図とは違うところまで、
一人で深掘りしてしまうことがあるのです。

今回のやりとりでは、
私は完全に勘違いされたまま、
その解釈を前提に深掘りされていました。

正直なところ、
それを訂正する気力も、意味も感じられず、
私は返信せず、そのままそっと距離を置く選択をしました。

どうやら、相手は、ただ自分のことを聞いてもらうだけでよかったようです。
それに私が気づかず、良かれと思って返事をしたことをも、もしかしたら良くなかったのかもしれません。
しかし、私の返事も別に何かアドバイスしたわけでもありませんし、その方の心情を受け止める形で返事をしたつもりでいました。

相手を嫌いになったわけではありません。
ただ、これ以上続ける必要を感じなかっただけです。

「全部わかってもらう」と「仲良くする」は違う


ここが、
人とのコミュニケーションで一番難しいところだと思います。

何でもかんでも知ってもらおうとすることと、
相手と良い関係を築くことは、
必ずしも同じではありません。

英語に
TMI(Too Much Information)
という言葉があります。

必要以上の情報を伝えすぎること。

私は最近、
心理や感情を過剰に言語化して相手に渡すことは、
一種のTMI
に近いのではないかと感じるようになりました。

それは、1対1の会話のキャッチボールを楽しむ場で、することではないと思うのです。
このようなnoteで、言語化するか、もしくは、じっくり話を分かち合える関係性ができている人と、
じっくり話し合える場で行うことだと思います。

心を開くことと、何でも話すことは違う


以前の私は、
「わかってほしい」という気持ちが強く、
特に家族など近しい相手には
内面をそのままぶつけていた時期もありました。

でも今は、
何でもかんでも話すことは、相手に心を開いているというわけでは無いことを理解しています。
自分勝手に感情をぶちまけている可能性だってあるということです。

特に、今回の相手は、
リアルで会ったこともない、
SNS上でのつながりの人でした。

相手が私を近しい存在だと思ってくれていたのだとしたら、
少し申し訳ない気持ちもあります。

それでも正直なところ、
「その思いは、あなたの中に留めておいてほしい」
そう感じたのも事実です。


距離を取るのは、冷たさではない


深い話ができる関係は、確かに大切です。
でもそれは、
信頼関係と、現実の距離感があってこそ成り立つもの。

SNSでは特に、
わかり合おうとしすぎないこと
も必要なのだと思います。

まとめ


・深掘りしすぎる会話は、必ずしも必要ではない
・全部を理解してもらおうとしなくていい
・心を開くことと、何でも話すことは違う

そう思えるようになったのは、
自分軸を少しずつ取り戻してきた証なのかもしれません。

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社会福祉ナース|生きづらさの処方箋 この記事が少しでもお役に立てたのなら幸いです。よければチップで応援いただければ嬉しいです。