クチコミに思うこと
地図を見るのが好きです。と言っても北海道の地図です。
ドライブが大好きで夏の帰省は小さな自分の車を持ってフェリーで札幌に向かいます。
自分が通った道を後で確認するのが面白い。
お気に入りは「ツーリングまっぷる北海道」。前は無かった道ができていたり、あった線路が無くなっていたりと、地図を見ていると時代の流れを感じます。
そんなわけで「Googleマップ」も大好きで、行きたい宿や店を検索して口コミを見るのがここ数年の楽しみ。実際に行ったところはどんなふうに皆が感じているのか、これから行きたい店はどんなふうに書かれているのか。暇があればちょいちょい見ています。
でもこの頃クチコミも刃だよなあ、と感じた経験が続き、ちょっと考えてしまうのです。
この夏休み、札幌からほど近い宿に数年ぶりに泊まりました。
開拓時代から先人が苦労して維持してきたお湯。今は別の人の経営になりましたが今もそのお湯は大切に守られています。私も若い頃から家族で何度も何度も泊まった思い出の宿。ロビーや売店は新しくなり、食事も美味しくなっていました。そして美しい眺めも変わらず。静かな湖畔の宿。
しかし件の口コミでは、大体において好評ではあるものの今時のおもてなしや快適さをを求める人には物足りなさもあるようです。高い足代を払って(飛行機ね)それなりの宿泊料を払ったのだから不満があったら言いたいのかもしれません。
ただそれを、宿のアンケートに書くならわかりますが、わざわざ不特定の衆人が読むクチコミサイトに不満を書いて晒すという行為は、いかがなものでしょうか。
お宿の人は悲しいでしょうし、長年その宿を家族の思い出とともに愛してきた、私はただの一宿泊ではありますが、自分の思い出まで否定されたような。
また他の小さな個人経営の海沿いの宿のクチコミでは、インテリアのセンスが気に入らないことをあげつらうクチコミを見ました。おばさんぽいとかなんとか…。経営者の返信では、亡くなったお母様の好きなものを並べていたそうです。だから母を侮辱されたようだと。また、別の人でしょうが、許可なく動画を撮ってYoutubeに上げて、そのコメントが宿の悪口がいっぱいだったそうです。(削除済みだそう)
店主も傷ついているようで、読んだ私も胸が痛みました。
友人が務める大きなお宿や、また別の友人が経営する小さなクリニックも配慮がないコメントが書き込まれています。
わかったような顔をして、批評家みたいな顔をして、粗探しをして、自分は匿名で、自分の個人的な感想を世界の皆様にご披露する。他人が検証できるわけでもない個人の感想ならば、なぜ、自分の心だけにとどめて置けないのか、、、せいぜい、家族や親しい人に不満を言うくらいにしておけば良いのではないでしょうか。
そして、もう行かなければ良いでしょう。
気軽に自分の思いを発表できる今の時代。それはとても素晴らしいことなのに、なぜか、自分は安全圏にいて、名前を出して活動する人を傷つけることをなんとも思わない人もいるようです。
書いた人は良かれと思って、宿側に改善してほしくて書いているのかもしれませんが。
素晴らしい技術を活かせるか否か。バカとハサミは使いようです。
ちなみに私が口コミに求めることはというと、高齢の親がいるので、例えば足の悪い人がスムーズに移動できるのか、風呂まで移動距離が短い部屋があるか、足が悪くても使いやすいトイレなのか(以前部屋のトイレが段差が25センチもあるお宿に泊まって母が難儀したので)食事はテーブルかお座敷か、など、安全に関わるような客観的な情報です。
もちろんお宿に直接聞けば良いのですが、決める前に宿泊者の目線も見たいなあと言う気持ちでクチコミを読んでいます。
悪い情報も、真実が含まれている、とは思っています。ただ星というものが付けられてしまう(よく読まないのであれば星の数で判断する人もいるでしょう)のですから、主観で低い星をつけるのは、なんだかなあと思うのでした。
