身代わりオカン
母に謝りたいことがいくつかある。
いくつかではなく本当はもっとたくさんあるが、今回は「身代わりにしちゃってごめんね」というテーマで話したい。
私はなぜだか、悪知恵だけは人より早く発達した。
人生で初めて悪知恵が発動したのは三歳のときだ。あれは保育園での出来事だった。当時家族以外の人間と話すことができなかった私にとって、保育園は地獄そのものだったのだ。とくに給食の時間は泣きたいほど嫌だった。好き嫌いも多いし、人に食べている姿を見られるのも非常に不愉快だ。
そのうえ、モジモジな性格なので困ったことがあっても人に助けを求めることができない。そんな居心地の悪い環境で事件は起こったのだ。
給食の準備中、猛烈にトイレに行きたくなった私は、先生にトイレに行きたいと申し出ることができず、ひたすら我慢していた。食べ終わってから行けばいっか、と思い頑張って我慢していたのだ。しかし、そんな努力もむなしく、いただきますの直前で漏らしてしまった。
顔面蒼白である。やばい。おねしょならまだしも、意識のある状態でのおもらしは、やらかしすぎだ。
私は頭の中でグルグルといろいろなことを高速スピードで考えていた。
とりあえず、このまま正直に「先生、おもらししてしまいました」と白状するのはありえない。却下だ。
しかし、何事もなかったかのように過ごしていたらいつか誰かにバレてチクられてしまう。
では、どうしよう。小さな頭を一生懸命働かせて、ついにひらめいたのだ。
給食とともに運ばれてきたこの麦茶をおまたにこぼしてしまおう、と。
おもらしのズボンには、麦茶で上書きしてしまえばいいのだ。ものの十秒くらいでこの思考にたどり着き、次の瞬間には実行にうつっていた。
非常に優秀だと思う。なるべく自然に、誰にも疑われないように、アクシデントを装って勢いよくお茶を盛大にこぼしてみせた。
友達はみんな心配して、先生はすぐに着替えさせてくれた。
お迎えの時、先生は母に「今日お茶をこぼしちゃったので、お着替えしましたよ~」と報告していた。作戦成功だ。
私は頭を使えば、どんな危機でも乗り越えていけることを知った。
さて、ここからが本題の、母に謝りたいことについて話そう。
まずは「オナラを立て替えてくれてありがとう、ごめんね」ということを言いたい。
私が小学二年生の頃、友達五人くらいが家に遊びに来た。狭い家に来客なんて滅多にないことなので、嬉しくてたまらなかった。私は狭い家なりにゲームやおもちゃを用意して、みんなをもてなした。そんな中、次はトランプをやろう、ということになり、人数合わせで母も誘ったのだ。
みんなで丸くなりトランプゲームが開催された。その時も私はうちでみんなとトランプをしている非日常を嬉しがった。はしゃいだ気持ちでトランプをしていると、はしゃいだ弾みで「バフッ」とかなり大きめのオナラが出てしまった。
冷や汗が止まらなかった。すぐに誰かが「誰かオナラしたーー!」と言い、笑いが起こった。咄嗟に私も、他人事のように「えー!だれー?」と言い、囃し立てることで犯人にされないよう土台を作り上げた。みんな距離が近かったため、誰がオナラをしたかまでは分かっていないようだ。
子どもはこういう時、真実を求めたがる。小学生はオナラで笑って終わりではない。しっかり犯人を突き止めようとするのだ。
私はすぐに悟った。これは心理戦になるだろう、と。とにかく犯人にだけにはなりたくないので、ポーカーフェイスを貫いた。
「ねえ、誰がしたのー?」と、みんながお互いを疑っている。
そして私はひらめき、すぐに口にした。
「あ!オカンがしたでしょーー!!」。
母は「え〜、なんで〜」としか言わず、否定もしなかったので犯人としてでっちあげられた。母には私がしたことくらいお見通しだったらしく、しぶしぶオナラの犯人役を買って出てくれたのだ。
オカン、あの時はほんとにありがとう。そしてごめんね。
まだある。
次に言いたいのは、「私の代わりに迷子になってくれてありがとう、ごめんね」ということだ。
小学四年生の頃、家族で近所のショッピングモールに出かけた。
うちの場合、買い物といえばサティ(今はイオンに吸収)に行くのが鉄板だ。その日もサティだった。
サティは五階建てで、文房具店や雑貨屋さん、子ども服売り場、ゲームセンター、映画館などが入っていて、世の中のすべての娯楽はサティにあると思っていた。やっぱり何回来てもワクワクするし、その日もいつも通りワクワクが止まらない、といった状況だ。
小学四年生の私は、絶賛シール集めに夢中だった。
近所の文具店では見かけない、可愛くてイマドキなシールたちは、サティに来れば簡単に手に入る。
この日もどさくさに紛れて数枚のシールを買ってもらおうと、腕まくりをして文具売り場に足を踏み入れた。
ここで伝えておこう、シールを選ぶポイントは、三つだ。
一つ目は、シンプルに第一印象である。まずは一目見た瞬間に「可愛い」と心が躍ることが最も重要なのだ。
二つ目は、私のシール手帳の雰囲気を害さないか、ということ。私の持ち合わせているシール手帳に馴染まないものならば、残念ながら諦めなくてはいけない。
三つ目は、値段である。実はここをクリアするのが一番の難関なのだ。上記二つの試練を乗り越えてきたシールでも、現実味のない料金を掲げている場合、売り場にそっと戻してやるしかない。非常に苦しい決断だが、母に快く買ってもらい続けるためには、そこら辺の配慮はどうしても必要になってくる。
一人では決めきれず、姉に意見をもらおうと、ふと周りを見渡すと、母も父も姉もみんないなくなっていた。
文具売り場を一通り探したがいなく、フロアをグルグル巡回してもどこにもいない。
私は迷子になってしまったのだ。
ドドドドと、心拍数が一気に上がる。しょっちゅう来ている場所なのに、急に心細くなってきた。
しかし、ここでうろたえていては、あたかも「私は迷子です」と公言しているようなものだ。
そこらへんの羞恥心はちゃっかりある私は、必死に冷静さを取り戻した。
下手に動いては余計に彷徨い、一生迷子のままになってしまうかと思ったので、なるべくこの階から動かないようにしようと決めた。
しかし見つかる気配がないので、手っ取り早く迷子センターに白状して迎えに来てもらおうかとも思ったが、サティには同級生もよく遊びに来るので、それだけは絶対に避けたかった。もし、迷子放送が誰かの耳に入り、噂になったら恥ずかしくて学校に行けなくなってしまう。
いろいろと考えを巡らせ、ついにひらめきの神が舞い降りた。
それは、母を迷子に仕立てる、というものだった。悪いが、もうこれ以上都合のいい作戦はない。
そうときたら、さっそく行動あるのみ。私は迷子ちゃんと思われないように、なるべく落ち着いた態度で平然と迷子センターへ向かった。迷子センターのお姉さんは意外と機械的でとても都合が良かった。「大丈夫?迷子になっちゃったの?」などと哀れな感じで来られたら作戦が台無しになりかねない。
私は「館内放送で人を呼んでくれませんか?」と涼しい顔で尋ねた。すると、お姉さんは何のためらいもなく承知してくれ、「その人の特徴を細かく教えてください。」と事務的なことを聞いてきた。私もなるべく細かく、母親の洋服や身長、髪型など、思いつく限りの情報を与えたのだ。
そして、お姉さんはマイクのスイッチをオンにして、先ほど私から聞いた名前や特徴など事細かな母の情報を読み上げた。
館内には何度も母の名前が響きわたっている。
心の中で母に謝罪をしつつ、本当に悪いがおかしくてたまらなかった。
母は恥ずかしそうに小走りで私を迎えに来て、羞恥と怒りが混じった声で「ちょっと、信じらんない~」と言っていた。
オカン、あの節は大変失礼いたしました。もっと大激怒されると予想していたが、思いのほか怒られなかった印象だ。
あの頃の私は、何かにつけて母を犯人と仕立て上げてきたが、母は文句を言いながらも受け入れてくれたようだ。
私はこういうのを無償の愛と呼びたい。
