タイパとコスパが連れていってくれる先
みなさんは「タイパ」、「コスパ」といった、
効率を想起させる言葉、好きですか?
私も好きです。
タイパよく、コスパよく何かをできたとき、
満足感に繋がりますし、なんだか頭が良いような気がしてきますから。(笑)
仕事に限らず、短い時間で安く、得られる成果を最大化したいという思考はとても役に立つと思っています。時間も資産も限りがありますからね。
しかしそれは短期的に物事を考えるとき限定の思考だと私は考えています。
逆に言うと中長期の目線で考えたとき、コスパ・タイパ思考が必ずしも効率的とは限らない、そんなことを思うわけです。
具体的な例の1つは会社での雑談とか飲み会ですかね。タイパやコスパを重視するなら、雑談も飲み会も無駄ですよね完全に。
でも体験したことある人ならわかると思うんですけど、雑談や飲み会で信頼関係が出来ていると、いざ困ったときに助けてもらえたり、仕事の進みが早くなったりするケースはどうしてもあります。仕事も結局人間関係ですからね、良い関係性を築いておくに越したことはない訳です。
残念ながら人間関係は短期的に成果を期待できるものではありません。複利で効いてくるイメージなんですよね。最初はメリットが見えないことも多いけれど、後から出てくる。
加えてもう1つ例を挙げておくと、昨今は起業家や社長がアートを学ぶことが増えています。
(東洋経済のこの記事とか。https://toyokeizai.net/articles/-/250094?page=4)
コスパやタイパは合理性や効率性の最たるものだと思います。それとほぼ真反対の位置にアートはあるのではないでしょうか。しかし今の経営環境は変化が激しく、合理性だけで乗りきることが難しくなっている。なのでアートに触れることで創造性や直感力を鍛えて、いざというときに備えるわけです。
これも短期的に見れば成果は期待できないし、無駄になる可能性もあるでしょう。でも世の中の変化が予測できないからこそ、その何かが起きたときに準備を始めていては遅いわけです。
上記の例のように、タイパとコスパに偏り過ぎることの最大の問題点は
・自分の想像通りのことしか起きなくなる
・それは自分の可能性を閉じることにも繋がる
だと考えています。
タイパとコスパを重視すると、自分で人生をコントロールしている感がすごく得られると思います。しかしそれだと逆に自分の人生の中で得られる経験やスキルは自分の想像の範囲を出ない、ということにもなりませんか?
目の前のコントロールできることだけしかやらない、という進め方だと連続的な成長はあっても、非連続的な成長ができる可能性はほぼ無くなると思います。
前提として、人生で自分がコントロールできる要素には限りがあります。そもそも日本で産まれたことだってコントロールできなかったものですし。それによってそこそこ人生縛られてますよね?良い意味でも悪い意味でも。
目の前の限られた範囲で充足感を得ることも大事ですが、予期しない要素を楽しみそれを活かすマインドの方が、10年、20年先に今から見ると面白い場所に居られるかもしれない、と思うことにしています。
加えて短期的な効率を重視しすぎると、究極は自分の進む道が1本に限定されます。横道にそれる余白を残さずに、1点集中した方が短期で見ると成果が出やすい感覚もありますからね。
しかし中長期で考えたときに本当にそれで良いのか?ということは常に問いかけるのが良いかなと。いや本当に変化の激しい時代ですからね。選択肢を多く持っておき、いざというときに使えるのは一定大事かなと思います。
重要なことは、選択肢を狭めすぎず、自分で選びとっていく。
これかなと感じるわけです。選択肢を広げているというのも自分で選んだことだし、そこから選んで進んでいくのも自分で行うということです。
結局言いたいのは、タイパとコスパも大事だけど、偏り過ぎるとダメじゃない?ということです。何ぬるいこと言ってるんだ、という方もいらっしゃるかもしれませんが、そういった生き方もありじゃないかな〜と思っています。
アリストテレスが言うところの「中庸」は本当に良い言葉だと思います。
余談ですが、私はタイパとコスパ重視の方に会った時、アニメ鑑賞をオススメしています。アニメからは本当に得るものがたくさんありますから。どれくらい得るものがあるかと言うと、私はアニメの影響で高校と大学の進路を決めています。(笑)
その話はまたどこかで。
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