魚喃キリコさんの思い出
クリスマスの夜に悲しいニュースが流れてきた。
漫画家の魚喃キリコさんが亡くなった、それも1年前のクリスマスに亡くなっていたというニュースだ。ご本人とご家族の意向により1年後に公表されたとのこと。
魚喃さんとは20数年前に3回くらい一緒にライブをやったことがある。
魚喃さんの代表作『blue』が2003年に安藤尋監督により映画化され、大友良英さんが音楽を担当した。サントラは栗コーダーカルテットの栗原正己さんのリコーダーがフィーチャーされ、ベースも弾ける栗原さんがベースも担当している。
サントラがCDで発売されることになり、発売記念イベントが開催されることになった。
サントラに参加しているメンバーでthe "blue" bandというバンドが結成されたが、栗原さんはリコーダーとベースを同時に演奏できないので、私がライブ用のベーシストとして呼ばれた(注:Wikipediaには私もサントラの録音に参加している旨の記載があるが間違いである)。
ライブのメンバーは、大友良英(g)、栗原正己(recorder)、江藤直子(key)、芳垣安洋(ds)、西村雄介(b)に決まった。
最初のライブは2003年3月9日の青山CAY。『blue』のサントラ発売記念と銘打ったイベントで、安藤尋監督や主演の市川実日子さん、魚喃さんも会場に来ていらした。大友さんの他のユニットも出演し、DJは青山真治さんだった。
『strange music page』というブログの2003年3月9日のページに、そのライブのレビューが掲載されている。
次のライブは2003年7月13日の京都大学西部講堂。菊地成孔率いる「デートコース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン」との2マンのイベントだった。
このライブからは原作者の魚喃さんもボンボ奏者としてバンドに参加することになった。
ライブ当日は昼間から露店などが出るお祭り的なイベントがあるので、他のメンバーは前日入りだったはずだ。
私は前日に東京でMOSTのライブがあり(青山CAYで「ゆらゆら帝国」と「Hydro-Guru」との対バンだった)、魚喃さんも前日は都合が悪かったのか、当日の朝に東京駅で待ち合わせて2人で京都に向かうことになった。
数日前に東京でリハがあり、新幹線の切符を魚喃さんが手配してくれることになっていた。当日の朝8時頃に東京駅集合。私はライブの翌朝でまだ疲れていたが、魚喃さんはすごく元気で、「朝ごはん食べました?」と聞いたら、「カツ丼を食べてきた」と言ったのでビックリした。オシャレ系な人のイメージだったので、朝からカツ丼というのは意外すぎた。
新幹線の中ではあまり話はしなかったが、魚喃さんがボンボを大事そうに膝の上に抱えていたのを覚えている。ボンボは中南米のフォルクローレに使われる打楽器で、魚喃さんは『blue』の執筆中はずっとフォルクローレを聴いていた、という話は後になってから聞いたと思う。

京都に着き、タクシーで西部講堂にお昼頃に到着。すでにお祭りイベントは始まっていて、大友さんはピタパン屋に変身して露店をやっている。
ライブのことはあまり記憶にないが、打ち上げは今はなき伝説の「吉田屋料理店」でデートコースのメンバーやスタッフなど大勢でバカ騒ぎして、魚喃さんもすごく楽しそうにしていた。
(ちなみに翌日は昼から東京で別の仕事のリハがあったので、朝9時頃の新幹線で東京に戻った)
2003年8月14日にはNHK-FMの「ライブビート」という番組のための公開録音。ハガキで応募した観客をスタジオに招いての公開ライブである。この日の音源はYouTubeにアップされている。
ライブでは『blue』の曲以外にも、大友さんが作曲した他の映画の曲も演奏した。
ライブ後半にはメンバー以外の数名のパーカッションチームも参加している。
それまで魚喃さんのマンガは読んだことがなかったのだが、何冊か買って読んでみた。売れないバンドマンの話や、私もよく飲み歩いていた下北沢が舞台になっている話が多くて親近感が湧いた。
the "blue" bandの最後のライブは2004年1月24日、浅草アサヒスクエアだった。
少し前に買った『短編集』を会場に持って行き魚喃さんにサインをお願いしたら、目次のページに私の後ろ姿を描いてくれた。この本は今でも大切にしている。たぶんこの日が魚喃さんに会った最後の日だ。

あれから20年、彼女がどんな人生を過ごしていたのかは全く知らない。たまに更新されるSNSでは、創作に苦労している様子がうかがえた。その後、ボンボを叩くことはあったのだろうか。
今年の10月にSNSに若い頃の魚喃さんの写真が流れてきて、ひさびさに魚喃さんのことを思い出した。サインをもらった『短編集』以外の作品は引越しの際に売却してしまったのだが、また読みたくなって、メルカリで『南瓜とマヨネーズ』と『Strawberry Shortcakes』を買い直した。
正月にでもゆっくり読み返そうと思っていたところ、1年遅れの訃報が流れてきた。悲しい。
魚喃さんカッコいいなーーー!
— чцрiи (@yoursuitcase) October 24, 2025
2003年にthe blue bandで京大西部講堂でライブをやった時に、東京駅で待ち合わせて一緒に京都まで行ったのを思い出した。
たしか前日が青山CAYでMOST/ゆらゆら帝国/Hydro-Guruの3マンだったはずだ。
魚喃さん、京都までボンボ(パーカッション)を大事そうに抱えていた。 https://t.co/1Kknlw8YgJ
魚喃さんとは安藤尋監督の映画blueの音楽をやったのがきっかけでバンドを一緒にやったり、一時はご近所さんだった時期も。あれから20年もたってるのか。楽しかったなあ。
— otomo yoshihide 大友良英 (@otomojamjam) December 25, 2025
写真はblue band 多分京大西部講堂で2002〜3年ごろかな。
左から栗原正己、西村雄介、魚喃キリコ、江藤直子、大友良英、芳垣安洋 https://t.co/IaIVPUcZoL pic.twitter.com/g4sf4xXmkB
『blue』のメイキング映像では、魚喃さんのインタビューも見ることができる。
いつか下北沢あたりの飲み屋で偶然会って、またバカ騒ぎすることがあるかなと思っていたが、残念ながらお会いできなかった。
ご冥福をお祈りいたします。
