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【逮捕勾留体験記38】“知るな”と塗られた黒。──その日、俺の時間はまた止まった。

◆このシリーズについて
202X年夏、実際に逮捕・勾留された自分の体験を、記憶の限り時系列でリアルに記録しています。
この体験記は、突然逮捕された日の朝から、留置場での生活、取り調べ、そして釈放までを描いています。
※各話の見出し画像は、内容をもとに生成AIで制作したイメージ画像です。実際の人物・場所・状況を描いたものではありません。
※本記事には一部アフィリエイトリンクが含まれています。あくまで参考資料としてご覧ください。



◆渋谷の社長、留置場の俺
脱衣所の中で不動明王に出くわして、衝撃でしばらく忘れていたが、尻の痛みがじわじわと戻ってきた頃、
担当が小さな声で「官本、読む?」と聞いてきた。
留置場での数少ないエンタメ、官本。
今日のチョイスは――

『渋谷ではたらく社長の告白』。(Amazonリンク)
※アフィリエイトを含みます

タイトルからして、もう外の世界の眩しさがにじんでる。
手に取ると、カバーの角が擦り切れていて、
ページの端には誰かの爪あと、しおり代わりに折った後。
紙の匂いがほんのりカビを混ぜた感じで、
外界の酸素みたいに甘く感じた。

読んでみると、とある社長がベンチャーを立ち上げて
泥と汗と根性で大企業にのし上がる物語。
ドラマチックだけど、文体が妙に熱い。
「考える前に行動しろ」「信念が未来を創る」――
はいはい、燃えてますね、社長。

でも読み進めるうちに、なんか胸の奥がチクチクしてくる。
だって、この檻の中で“行動しろ”って言われても、
行けるのはトイレと風呂だけなんだぞ。
こっちは24時間戦うどころか、
24時間寝るしかないのに。

とはいえ、ここまで仕事に魂をぶっ込める人間はすごい。
たぶん、才能というより中毒だ。
「ワークライフバランス? なにそれ美味しいの?」みたいな。
昭和の栄養ドリンクのCMが頭をよぎる。
24時間戦えますか?”ってやつ。

あの時代の男たちは、確かに戦ってたんだな。
……俺は今、別の意味で戦ってるけど。

ページを閉じると、留置場の空気がやけに静かだ。
遠くで誰かの咳が響き、壁時計の音がやけに大きい。
俺の世界は、留置場という閉鎖空間の中で止まってる。
でも、紙の中ではみんな走ってる。
そんなギャップが、ちょっと笑えて、ちょっと切ない。



◆新聞という名のWi-Fi
12時。
壁の時計が「カチ、カチ」と乾いた音を刻む。
光は窓の鉄格子を通って斜めに射し、床の埃までくっきり見える。
ランチタイム。
といっても、メニューはいつもの冷えたご飯と味の薄い惣菜と揚げ物。
箸の先から漂う出汁の匂いが、やけに現実的で悲しい。

午後の部――と呼ぶには平和すぎる時間が始まる。
22番は、大イビキで昼寝中。
40番は、黙々と腕立てしたり、本を読んだり。
腕立てのたびに床がわずかに軋む音が、BGMみたいだ。
俺はただ、天井を見上げて時の流れを数えている。

ここ数日の濃密さが嘘みたいだ。
検事、人事、部長、弁護士、親分。
まるでドラマのキャスト総出演だったのに、今日の昼は静寂オンリー。
暇だ。
このままでは「暇暇星人」として宇宙デビューしそうだ。
今日のイベントといえば、風呂場での親分エンカウントぐらい。
もしRPGならレアモンスター級の遭遇だ。
一生に一度でいい。
いや、もう二度といらん。

そんな平和も長くは続かない。
夕飯前、金属の差し入れ口が「ガチャン」と鳴った。
薄い紙がすっと滑り込んでくる。
夕刊だ。
この紙一枚が、外の世界と繋がる唯一のWi-Fi
インクの匂いを嗅ぐと、なぜか胸がざわつく。

まず目に飛び込んできたのは、痔の広告
“切らずに治す”“即日完治”のコピーを、まるで出前メニューでも眺めるように、じっくりねっとり読んでしまう。
尻が限界突破でファイヤーな俺には、もはや救いのポスターにしか見えなかった。
「担当さん、これ……出前で頼めないかな?」
とか聞こうかと本気で思ったほどだ。
そんなくだらない妄想のあとに、社会面を見ていたら――
黒塗りが目に入った。



◆“知るな”と塗られた黒
黒マジックで、何行分もベタ塗りされてる。
ツヤがまだ少し残っていて、指で触るとザラザラしてる。
まるで“知るな”と言われてるみたいだ

「なんだこれ?」と40番に聞くと、彼は読んでいる本から目を離さずに、
「ああ、それ? この留置場にいる被疑者の記事は黒く塗られるんだよ」
と、さらっと言った。

……え?
俺、息が止まる。
心臓が、ゆっくりと上がってくる感じ。
まさか、俺じゃないよな?
全国紙だぞ? ちゃんと読む人なら気づくよな?
ネットに流れたら、会社の同期も、家族も、元カノも――
うわ、考えたくない。

必死で新聞を裏から照明に透かしてみる。
光にかざすと、黒マジックの面が鈍く反射して目が痛い。
でも、何も見えない。
にじんでるのは文字じゃなくて俺の涙腺だ。

「……見えねぇ」
小さくつぶやいて、笑う。
無駄な努力。
でも、そんな無駄さえ、今の俺には貴重な時間つぶしだ。

「頑張っても見えないぞ?」
と40番が懐かしそうな遠い目で言った。



◆折れる音、冷える空気

夕飯を食べ終えて、ぼんやりと天井を見ていた。
メニューは、冷えた白米と焼き魚とぬるい味噌汁。
魚は骨までカチカチで、噛むたびに口の中で金属の味がする。
でも、留置所の夜にしては、やけに穏やかだった。
「今日こそ何も起きない日でありますように」と、神も仏もいない天井に祈る。

そんなとき、廊下の方で担当たちがざわつき始めた。
あのざわざわは、もう耳が覚えている。
――被疑者逆送か、また誰かが別の施設に行く時間だ。
俺は関係ない。
今日は平和に終われるはず。
他人事のように思って、腹をさすっていた。

「23番、面会室に来て」

ギィ――。
鉄格子の扉が開く音が、胃の底に響いた。
金属の匂いが一気に広がって、空気が冷える。
……え、俺? 面会?

まさか、また会社関係か。
もう嫌だ。
人事の説教も部長の罵倒も、どっちもトラウマだ。
前回みたいに、閉鎖空間で“証拠の残らないハラスメント祭り”されるくらいなら、風呂場で親分と二人きりのほうがマシじゃないか。

重い足取りで面会室へ。
部屋の中は、いつもより白い。
蛍光灯が反射してアクリル板がやけに光ってる。
入り口の横に担当さん、そして――アクリルの向こうにも担当さん。
……ん? 二人? どういうこと?
誰かいると思ってたのに、前後どっちを見ても担当。
いや、これどういう状況?
まさか“担当会”とかじゃないよね?

と混乱していたら、向こうの担当が一枚の紙を掲げた。
文字がアクリル越しに読める。

23番、裁判所から勾留延長20日間が出ています。」

カチリ、と何かが心の中で折れた音がした。
やっぱりか。
一瞬だけ期待してた“もしかしたら今日で出られるかも”の淡い希望が、
紙一枚で焼却処分。

「さらに、精細に捜査するための捜査令状が出ています。」

――え?

空気が変わった。
頭の奥がズーンと重くなって、耳鳴りがする。
言葉の意味がすぐに理解できない。
「捜査令状」って……それ、ヤバいやつじゃ?
検事のあのニヤリ顔が、脳内リピート再生される。
あれって、つまり……“まだ掘るよ”って意味だったのか。

心臓が早鐘を打つ。
喉が乾いて、息がうまく吸えない。
床の冷たさが足裏から上がってきて、全身を固めていく。
検事が最後に言ってきた、
他にもやってるでしょ?、バレなきゃいいと思っていますよね?
の追及ってこと?
声に出した瞬間、自分の声がやけに薄く響いた。

アクリルの向こうの担当さんは無表情のまま、書類を片づけた。
俺の世界も、その音で片づけられた気がした。

――示談が進んでるから大丈夫だと思ってたのに。
――ここからまた20日、いや、それ以上?

面会室を出るころには、足が自分のものじゃないみたいだった。
留置場の廊下の蛍光灯が、やけに眩しくて白すぎて、
どこまでが現実か分からなくなる。

不安だけが、体の中でどんどん形を持ちはじめていた。

まるで胃の奥に、小さな爆弾でも埋め込まれたみたいに。

つづく

「不安だけが、生きている証みたいだった。」

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留置ナンバー 23 現金が尽きる留置場生活。とても面白かったと感じたら、応援いただけると嬉しいです🫢