短編小説『墓参りする日傘の女』
俺は日中、草刈りのバイトをしている。夕方からは飲食店のバイト。それらを掛け持ちしながらなんとか暮らしている、いわゆる冴えない中年だ。
この時期の雑草は刈ってもすぐにまた生えてくるので、草刈り機が休まることはない。公共の施設や駐車場、緑のある場所は人を安らげてくれるが、それにはこういった管理が必要なのだ。
今日も朝から草刈りをして汗だくになったシャツを着替え、水分を補給していた。今刈っている駐車場の向こうには霊園、いわゆる墓地が見えるのだが、こんな暑さにもかかわらず、お墓参りに来る人がそれなりにいることに少し驚いた。
そしてその中に、気になる女性を見つけた。
日傘を差した綺麗で若い女性ということもあるが、それ以上に今週に入ってからすでに三回もお墓参りに来ている。マメな人はいると思うが、月曜、火曜、木曜と来るのはさすがに多すぎるように感じた。
まさか散歩がてらにお墓参り……ということがあるのだろうか? 若い女性なら尚更、この直射日光……紫外線を毎日浴びに来たくはないだろうに。
そんなことをぼんやりと考えてると休憩時間はあっという間に終わり、俺は再び草刈り機のエンジンをかけた。
翌週も、ここの施設の草刈りだった。すっかり日焼けしてしまった俺は今日も無駄だと思いつつ日焼け止めを塗り、草刈り機のエンジンをかけた。
今日の休憩時間は日陰で過ごした。日陰といっても少しだけ気温が低い程度で、涼しいというわけではない。カンカン照りにさらされるよりは多少マシというくらいで、施設の職員が朝にやってくれている打ち水も、まさに焼け石に水状態だった。
俺はぼんやりと経口補水液を口に含んでいると、またしてもあの日傘の女が現れた。
「また来た……」
今日みたいな日照りでも、日傘にサングラス、アームカバーをして、花束を抱えながら霊園へと向かっていく。
今週もまた連日来るんだろうか。
いや、待てよ。俺がここでバイトするようになる前からずっと来ている……? 中にはそういう人もいるだろうが、さすがに気になった。
……が、直接話しかけるにはリスクが高すぎる。
俺みたいな日焼けしたおっさんが若い女性に声をかけるだなんて、事案として通報されかねない。そして、草刈りをしながら俺は一つの案を思いついた。
仕事の後、俺は近所の花屋へ向かった。霊園から一番近く、道路沿いにある店だ。店内はエアコンがしっかり効いていて、とても涼しかった。
汗ばんだTシャツが冷やされ、次第に乾いていくのを感じる。俺の汗だくの草刈りとは天地の差だ。こんな恵まれた環境が心底羨ましいが、今はそんなことを言っている場合ではない。
店内に並ぶ色とりどりの切り花を眺めて、女性店員に話しかけた。
「俺、詳しくないんですけど、切り花ってけっこうするんですね」
「ああ、でもうちは他に比べるとお安い方ですよ?これなんか……」と店員は百合の花に手を添えた。
「へええ、それ綺麗ですね。でも毎日切り花を買うとなると……」
財布を見ながらそう言いかけると、店員は「毎日来る人はいませんけど、結構な頻度で来られる方もいますよ」と答えた。
「もしかして、日傘を差してる若い女性ではありませんか?」
「あ……お客さん、もしかしてそれ目当てでした?」
女性店員は訝しげな視線を俺に向ける。
「す、すみません……実は俺……」
仕方なく、事のあらましを店員に告げた。すると意外にもその女性店員は周りを気にしながら声を潜め、話し始めた。
「……実は私もあの人が気になってて。ていうか、あんな若い女性が週に三~四日もお店に来てその都度、それなりの花束を買っていくんですよ? さすがに気になりますよね?」
「あ、そうそう!やっぱり気になりますよね」
同意を得られたようで俺は少し嬉しくなった。
「それで、私一度だけ聞いたことがあるんです。『お客さん、よくいらっしゃいますよね?』って。そしたらその女性は少し驚いた顔をしたんですけど、話してくれたんです」
「おお、あの人と話したんですか?」俺は生唾を飲み込んだ。
「白鳥さんという女性で、昨年に旦那さんを亡くされたそうなんです」
「未亡人、というわけですか……」
「こんなにお墓参りに行かれるくらいだから、よほど大事な人だったんですねって言ったら……『この旦那の前に、四人いたからそれぞれのお墓を周るのが大変なの』って笑ったんです」
「え?前に四人……?」
「私、愛想笑いで誤魔化したんですけど、そこで気づいたんです。着てるものとかアクセサリーとかバッグとか靴とか……どれもウン十万円するような高級ブランドものだってことに」
「——あ」
俺は思わず店員と顔を見合わせた。
「……ね?」
店員はそれ以上は言わなかったが、いろいろ察していたようだった。俺もそれ以上は聞かないことにした。余計なことに首を突っ込むのは良くないなと改めて思い、教えてくれた礼に切り花を一束買って店を出た。
——その際、花に詳しくない俺に、店員は白い花を選んでくれた。
「へえ、綺麗な花ですね、これおすすめなんですか?」
「ね?綺麗でしょ?これはクチナシって花です。……ね?」
店員は人差し指を口に当てながら、そう告げた。
