掌編小説『アメニティはそちらで』
地方の古いビジネスホテルに宿泊することになった。ゆっくりと開く自動ドアを抜けると、クーラーの涼しい風が前髪を撫でた。古びてはいるがきちんと綺麗に手入れされたロビーが広がる。
フロントではチェックインするラフな格好の観光客らが並び、ロビーのソファには新聞を読む男性やスマホをいじっている女性の姿もあった。奥には一基のエレベーターが鈍い音を立てて上の階へと宿泊客を運んでゆく。僕は観光客の後ろに並んだ。
「……ではこちらがお部屋の鍵です、アメニティはそちらでお願いします」
フロントの女性が手を指したほうには大小の自販機が並んでいた。飲み物類に混じって、カミソリやせっけんなどアメニティのばら売りもしているようだ。
「そうか、確かに必要な人だけ買えばいいよなあ」
自販機を見てみると、アメニティはどれも五十円で売っていた。
短髪だからクシは必要ないし、シェーバーもあるからカミソリも別にいいか……あ、さすがに石鹸とシャンプーは欲しいなと思い、財布から小銭を出した。そして自販機のボタンを見て僕は思わず声を上げた。
『せっけん 五十円』の隣に
『シャンプーかリンス 五十円』とあった。
え? シャンプーかリンスってどういうこと……? どっちかが出てくるっていうことなのか? 僕は試しに五十円を入れて、そのボタンを押した。
コトンと出てきたのは魚の醤油入れくらいのサイズのリンス。
ああ、先にリンスが出てきた。——で、もう一度買えばシャンプーが出てくるってことか?……五十円を入れてボタンを押すと、またリンスが出てきた。
「えっ……?」
待ってくれ、リンスは二つも要らないだろ? こういうのってフロントに言えば交換してくれるものなのかもしれないと、僕はフロントの女性にすみません、と声をかけた。
「あーリンス、被っちゃいましたね! 次はシャンプー出るかもですよ! がんばって!」愛嬌たっぷりにそう言われた僕は言い出せずに「え……? あ、はい……」と、半ば丸め込まれたように小銭を取り出していた。
……そ、そうだな。次にシャンプーが出ればいいだけだもんな、と自身を納得させるように五十円を入れてボタンを押した。コトン……と落ちた音がする。僕はゴクリと息を飲んで、取り出し口を覗いた。
シャンプーが出ていた。
「やった!」
「あ……よかったですねお客さん!」
「ええ、シャンプー出ました!!」と思わずガッツポーズまでしてしまっていた。
「あはは、ではごゆっくりお休みください」
フロントの女性に良い笑顔で言われ、握っていたガッツポーズを静かにしまった。まあ……悪くはない、僕はまんざらでもない感じでエレベーターに向かうと、ロビーで新聞を読んでいた年配の男性が「なあ兄ちゃん、リンス被ってねえか?」と声をかけてきた。
「え? ああ……そうなんです。僕、リンス二つ出てきちゃって」
「おおそうか、良かったらさ、それ五十円で売ってくれや」
「え? いいんですか?」
「俺はな、シャンプーが二つ出てきてさ。だからそれをさっき別のやつに売ってやったんだ。ほら、五十円」
「あ、ありがとうございます、じゃあ……」とその男にリンスを渡した。
「おう、ありがとな」と男は手を挙げて礼を言うと、またソファに腰掛けて新聞を読み始めた。
……何だこのシャンプーリンスの交換会。変なホテルだけどちょっと面白かったな。僕は笑いをこらえながら自分の部屋に向かった。
