掌編小説『静かな朝』
静かな郊外の小さな一戸建て。
雀たちのおしゃべりを朝のBGMにして湯を沸かし、インスタントコーヒーを淹れた。カーテンを開け、窓の外に広がる青空を目を細めて眩しそうに見つめる。
いい天気だ。
未読の文庫本を持ってふらっと出かけるのも楽しそうだ。……いや、よくないよくない。その文庫本に載せる書き下ろし短編の締め切りが、とっくに過ぎているのだ。
同期の友人でもある彼のためにと二つ返事で短編を受けたものの、筆がちっとも進んでいない。自身の短編ならすらすらと出てくるのだが、他人様への掲載作品となると一向に降ってこない病が発病している。全く、誰かいい医者を紹介してほしいものだ。
ぼんやりと風に揺れている庭のクチナシの花を眺めながら、濃いコーヒーを啜る。……確か花言葉は「優雅」だったか。その花を贈ってもらった時に聞いたのを思い出す。 優雅な生活——とまではいかないのが現実ではあるが、気持ち的には十分優雅だと思う。
午前中からこんなにゆっくり過ごせるというのは、物書きをしている私にとって、優雅なひとときであることに変わりない。
——というのも、ここが静かな場所なのだ。
国道も電車も周りに通っていないので、騒音は皆無だった。聞こえるのは鳥のさえずりや風の音。そして電話——。
……そういえば、いつもなら編集の加茂田くんからの電話がしつこく鳴るのだが、今日は一本もかかってこない。だからなおさら静かなのかもしれない。 そうか、彼も休日を取っているのかもしれない。
窮屈な編集部から飛び出して、たまにはゆっくり休んで羽を伸ばすのもいいじゃないか。手持ちの仕事でいっぱいいっぱいな顔をしていた彼に、そう話したことを思い返す。 そうだ、閉じこもってばかりでは気持ちも閉じて、窮屈な人間になってしまう。私は大きく伸びをした。
それから、のんびりと午前中を過ごし時計を見るとそろそろお昼だった。もうこんな時間か。そういえば腹も減っていた。
何かありもので済まそうかとキッチンの冷蔵庫を開けると、優雅さだなんて微塵も無い白い空間。
見事に空だった。
仕方ない、コンビニまで自転車で出かけるか……そう苦笑しているところに玄関のドアがドンドンと乱雑に叩かれた。
やれやれ、静かな一日だったのに……。
勧誘はお断りしているのだが、そもそも面倒ごとは苦手なんだよな……そう思いながら玄関に向かい、ドアを開けた。
「あれ? 加茂田くんじゃないか」
加茂田くんは息を切らしながら告げた。
「先生! 電気止められてますよ!」
……静かなわけだ。
