短編小説『一緒に歩く帰り道は』
——今井家と書かれた立札を背後に、香典返しの袋を下げた人々が暗い夜道をひたひたと歩いて帰っていく、お通夜の帰り道。
僕はその中に光生の姿を見つけると、そっと近寄って肩をポンと叩き、小さく声をかけた。
「光生、お前も来てたんだな」
喪服がまだ似合わない様子の光生は、僕を見て一瞬びっくりした顔を見せたが、すぐに「ああ、聡志、お前か……」と呟くと、二人で自然に並んで歩き出した。
お通夜の帰り道で、しんみりした空気になるのを避けるよう、光生が気遣って話し始めた。
「香典返しが入浴剤だなんて気が利いてるよな」
「……だろ?僕もそう思ってた。海苔よりいいかもなあ」
——家の台所の戸棚の奥に、香典返しでもらったであろう焼き海苔がたくさん並んでいて、使い切れないと母さんがぼやいていたっけ。
「母さん、なんで香典返しって毎回、海苔ばっかりなんだろうな。別のがあっても良いのに」
「じゃあ、聡志だったら何がいいんだい?」
「俺か……温泉好きだから、入浴剤とか嬉しいかもな」
「入浴剤ねえ、まあ確かにそんなんでも良いかもね」
僕は、そんな懐かしい母とのやりとりを思い出していた——
……そんな母とももう、会うことは出来ない。
「そういえば聡志、俺らって卒業以来会ってなかったよな。俺さ、あの後普通に会社勤めしたんだけど、なんかこう……合わなくて」
「会社勤め? いや待てよ、光生ってそんな柄じゃなかったろ? どちらかといえば起業とかしそうなイメージだったわ」
「はは、聡志はそう思ってくれてたんだな。ただ、親は普通に勤めてほしいって思っててさ」
「じゃあ、その期待にお前は応えたってことか?」
「まあ……そうなるな。育ててもらって学校に通わせてくれた恩もあるし」
「へえ、光生がそんな親孝行するタイプだったなんて意外だな」
光生は自嘲気味に笑いながら続けた。
「だろ? 俺自身もそんな柄じゃないと思ってたんだけどな」
……あれ?そんな柄じゃなかったか?
——確か光生は片親だった。
小さい頃に父親を病気で亡くし、その後は母親が昼夜を必死に働いて彼を学校に通わせてくれていたことを僕は知っている。
それでも光生は、そんな暮らしをクラスのみんなには微塵も感じさせないように学校ではわざと横暴に振る舞っていた。
そしてその裏では、放課後すぐにバイトに出ていた。いつだったか、部活帰りに寄ったコンビニで働く光生を偶然見つけたとき、僕は声をかけづらくて、そのまま立ち去ったのを覚えている。その日の銭湯の温泉は、やけに熱く感じた。
次の日、彼は僕と会ってもいつも通りに「オッスオッス聡志!」と肩パンチをしてきた。僕もあえてそのことには触れず、普通にじゃれて過ごしていた。僕は、その時はじめて「空気を読む」という事を覚えた。
「そうか……じゃあ光生、今もその会社に?」
「……いや、結局無理して働いてたぶん、その反動で体を壊しちまってな」
そう話す光生の横顔は少し頬骨も浮き出ており、痩せたようにも見える。
「なんだ、光生そんなことになってたのか。全然知らなくてごめんな」
「ははは……いいんだよ。っていうか、まさか聡志に心配されるなんてな」
「なんだよ、俺ら小学校からの同級生じゃないか。心配くらいさせろよ」
「そうか、わざわざ声かけてくれてありがとな。なあに、俺なら大丈夫だ。母さんと一緒になんとかやっていけるさ」光生は少し笑ってみせた。
「そうか……」僕はちょっと安心した。
「それより聡志、お前……まだあの銭湯、通ってたのか?」
そう光生が話を続けようとした瞬間、隣を見ると誰もいなかった。周りをキョロキョロと見回すが、自分以外に人の気配はない。
「おい待てよ、行くな……なんで……なんでパジャマ姿だったんだよ……」
光生はさっき声をかけてくれた彼の姿に正直、驚いた。過去イチ驚いたのだが、あえて受け入れて普通に接することにしたのだ。
久々に澄んだ夜空を見上げ、今井聡志と書かれた文字と彼の遺影を思い出す。そして静かに、見送るように少しだけ微笑んだ。
「……そうか。ちょうど逝ったんだな……聡志」
今回はこちらの企画に参加させていただきました。
