青い車
青い車 1994年 スピッツ より
「絶対に事故らないから、貸して。」
まるで蝿みたいに手を擦り合わせている僕を、
値踏みするように見つめる父親。
僕はその目を見返す事ができなかった。
父は、睨むように僕を見ながらこう言った。
「ハンドルを握るって事は、
お相手の命も握るって事だぞ。
それ、ちゃんと理解してるか?」
僕はその言葉に生唾を呑み込んだ。
父は、全てお見通しだ。
『いいよ。』
という彼女の言葉に有頂天になって、
風を切って走る姿しか想像していなかった。
それでも僕は父に、
「絶対に大丈夫だよ。」
と、真顔で言った。
「鎌倉ってさ、いいイメージないんだよね。」
同じサークルの優香ちゃんがそう言った。
まだ、
呼び捨てできる間柄じゃない。
大学生になって浮かれていた僕は、
インカレサークルに所属した。
まぁ、
やりたい事をやりたい時にやる、
そんなゆるい活動だ。
新入生歓迎会で初めて優香ちゃんを見た。
皆が認める可愛い子、
という感じではないけれど、
僕のタイプの女の子だった。
サークル活動を通して
中々話す機会はなかったけれど、
『皆で星を見に行こう』
というイベントで、
高原の芝生に2人並んで
寝転がったのをきっかけに、
少しずつ話すようになった。
大人しくて淑やかな子だな、
というのが第一印象だった。
そして今、
学食でバッタリ出会い、
2人して唐揚げ定食のトレーを
持っていたものだから、
お互い顔を見合わせて笑った。
「もっと大人な女性がいいんだって。
渋滞してる車の中で言われたから
逃げ場なくて、余計に苦しかったんだ。」
高校時代、
バイト先の大学生と付き合っていた
という優香ちゃん。
その彼は、
インターンシップで知り合った
大人の色香を持つ女性に取り憑かれたらしい。
「簡単すぎない、それ?」
と、僕は顔を顰めたけれど、
「気が移る瞬間なんて、そんなものじゃない?」
と、
苦笑いしながら嘆息する優香ちゃんを見て、
僕は下を向いた。
定食の唐揚げが、
早く食えよと言わんばかりに僕を見ていた。
なんでこんな話になっているかというと、
2人で笑いながら話していたけれど、
話題が途切れて
白い空気が2人の間に漂った時、
咄嗟に出た言葉が
「鎌倉って、楽しいよね。」
だったからだ。
地雷踏んじゃった・・・と後悔した。
でも僕は何故か、
苦笑いした優香ちゃんの横顔に
胸を摘まれた。
「気が移る瞬間なんて、そんなものじゃない?」
と言う優香ちゃんの言葉が、
僕の頭の中を飛び回った。
『タイプだな。』
と眺めていた優香ちゃんは、
四六時中僕の頭を埋め尽くす存在になった。
普段は大人しいけれど、
話すと明るくて気さくな子。
それでいて、
どこか物憂げな心持ちをその視線に滲ませる。
サークルや学食で見る彼女を
知ろうとするればするほど、
そこはかとない不安を覚える。
優香ちゃんにとって、
僕はそういう対象なのだろうか。
彼女が嬉しいと思う事って、何だろう。
もしかしたら、
あれこれ考えるよりも、
自分がそうしたいと思う事をするのが
正解なのかも知れない。
と、開き直ったけれど、
やっぱりあれこれ考えてしまい、
結局眠れなかった。
そして僕は今、
来るか来ないか分からない優香ちゃんを、
学食で待っている。
もし来たら偶然を装って、
一緒に唐揚げを食べよう。
「あ、あのさ。」
緊張で声が震える僕を、
優香ちゃんが不思議そうに見た。
今日も、
定食の唐揚げが僕たちを見上げている。
僕は一度大きく深呼吸して、言葉を続けた。
「僕、優香ちゃんの鎌倉を上書きしたい。
海岸沿いで渋滞する車の中を、
白波が寄せる砂浜を、
笑顔を見せるたくさんの観光客を、
楽しいものなんだって、思って欲しい。
ぼ、僕が、優香ちゃんの、鎌倉を変えるよ。」
緊張にカチコチだった僕は、
『だから、今度一緒に鎌倉にドライブ行こう。』
という、
肝心な最後の誘い文句を言い忘れてしまった。
じっと僕を見つめる優香ちゃんの目が、
少し潤んでいた。
最後の誘い文句がなくても、
僕の気持ちは
優香ちゃんにちゃんと届いていたみたいだ。
「いいよ。」
そう答えた優香ちゃんの声も、
少しだけ震えていた。
「じゃあ、若葉マークの青い車ね。」
頭を掻いて笑いながら、僕は手を振った。
この為に免許を取った事は、
言わないでおいた。
「うん、わかった。若葉マークね。」
そう言って、
小さく笑った優香ちゃんの笑顔は、
今まで見てきたどの優香ちゃんよりも
輝いて見えた。
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最後までお読みいただきありがとうございます。
*この物語はタイトル曲の世界観を
文章にしたものではありません。
あくまでも柴犬自身の
創作世界であることをご了承ください。
敬意を表して
柴犬のショートストーリーを纏めてあります!
過去作もぜひ宜しくお願いします!
連載も進めています!
こちらも是非宜しくお願いします😊
次回のショートストーリーは
ドライフラワー 2020年 優里 より
です!
柴犬も少し、お盆は頭をリセットしようか
と思っております故😅
次回は
8月18日19時にアップします!
ぜひ遊びに来て下さいね😁
