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背中の向こう側に在るもの

大学一年生のとき、バレーボールの同好会に入った。


ある日、練習に顔を出すと、
同じ学部の同級生の女の子から、
突然こう言われた。


「私、あんたみたいな生き方が
大嫌い!ちょっと上手いからって、練習休んで、ふざけてんの?!」


週に3回練習はあるけど、自由に参加していい決まりだった。


(生き方…の否定?なんで?)
(まだ出会って2、3か月だよ?)


その子は、練習に誰よりも早く行き、休むことなどしない。
週3回の練習をたまに休む、そんな私の楽しみ方が、許せなかったのだろう。



その子は、大学に入るために、ずっと勉強だけを一生懸命やってきたと話してた。


だから、大学では今までやってこなかった“運動”や“部活”ってものを、一生懸命やりたいんだとも言っていた。



「ちょっと上手いからって、練習休んで、ふざけてんの?!」

と言われた私は、さぞかしバレーボールが上手いかと言われたら、それほどでもない。


ダイエット目的で、中学生のとき学校で一番厳しいと噂のバレーボール部に入った。


1年生だけで20名を超えるライバルが多めの部活だった。


運動神経はそこそこ良いと思うけれど、タイミングをとるのが絶望的に苦手な私。


サーブは、何度も空振り。手に当たったとしても、ネットまでは全く届かない。


鬼監督の先生は、
「サーブ入んねぇと、試合出れねーんだぞ!!」と、常に激怒していた。


やっとサーブがネットをヨロヨロと超えるようになって、公式試合に出ることができた。


スパイクは緊張していたからなのか、なぜか空振り続きだった。
その日は何試合かあったけれど、1本も手に当たらなかった。
自分でも信じられない結末だった。


当時は、部活動の休みは3か月に1日ほどしかなかったから、嫌でも何とかバレーボールができるようになった。


引退までサーブは、空振りのリスクが高めだったけど、
手の振りが変わっていたことが幸いして、無回転サーブなる魔球を手に入れた私は、晴れてレギュラーの座を勝ち取った。


土日、長期休みは練習試合漬け。
遠征のバスの中で、ラジオから流れる渡辺美里の“マイレボリューション”が、やたら胸に刺さったのを覚えている。


その曲のせいにしてはいけないけど、練習試合でミスすると監督に平手打ちされることが、心の底から無意味に感じた。


「避けたらどうなるのかな?先生、怒るかな?」


そう思った瞬間、私はカラダを少し傾けて、監督の先生の平手打ちを避けてしまった。


「テメェ、避けやがったな!」


やばい!やっぱり先生を怒らせてしまった。2発目の平手打ちが向かってきたので、走って逃げてしまった。


きっと、みんなやりたくてもできなかったことに違いない。
すごくドキドキする、まるで鬼ごっこだった。みんなの視線が少しずつ集まるのを感じた。


全力で逃げれば、さすが10代、中学生女子は身軽で持久力もある。切り返しのキレも抜群だ。


一定の距離を保って逃げる。


体育館にはその日、5、6校の中学校が練習試合のために集まっていた。


次第に他の学校の先生や生徒も、「何事だ?」と注目する。


目立たないように、自分たちのコートの周りを逃げていたが、さすがに人目が気になり出した。


相変わらず、先生は怒鳴り散らして追いかけて来る。


「先生は、プライドってものがあるから、鬼ごっこを終わらせられないのか?」


そんな小生意気なことを考えながら、「ならば私が止まろう。」と、覚悟を決めて立ち止まった。



そして私は、思いっきり30代男性教師の平手打ちを左頬に受けた。


後悔はしていない。


「早く自由になりたい。」
ただそう思って、心の中ではマイレボリューションがエンドレスに流れていた。


部活漬けの毎日では、勉強机に向かう時間もないので、部活の昼休憩に体育館に寝そべってやっていた。


答えは鉛筆で写さないのが、私のポリシー。

わからない問題はバツにして、ちゃんと考えながら赤ペンで答えを写す。
鉛筆で写すよりも、清々しい。
どんなにページが真っ赤になろうともだ。


定期テストの期間は、部活がなくなるので嬉しかった。それだけで気持ちが軽くなった。


そして、自分としては素晴らしい勉強方法も編み出した。


暗記する内容をチラシの裏にマジックで書いて、お風呂の壁に湯気で貼り付ける。湯船に浸かりながら覚えるという方法だ。


リラックスしてると、頭によく入るし、眠い状態はさらに効果的だった。


覚えた実感がなくても、問題を見ると何となくわかるのだ。潜在意識に入っていたのだろうか?

これを「睡眠学習」と言って、頼りにしていた。うっかり暗記を終える前に眠りに落ちてしまうことだけは、要注意だ。

こんな中学時代を送った私は、弱い立場の子どもに寄り添いたいという思いから、教員になろうと思った。


大学は教育大学ではなく、私自身が小さい頃から興味のあった見えない世界を知るために、宇宙や遺伝子などに関する大学に進んだ。


教育と自然科学の探求…
どちらかではなく、どちらも諦められない欲張りな私は、いつも全力で向かっていってしまう。後悔はしたくないから。

こうして進学した大学で、目には見えない自然界の学びと教員になるための学びを、4年後の教員採用試験に向けて積み重ねた。



そんな大学生活の中、大学1年生の時、バレーボールの同好会に私は入った。


これまでは、自由を感じられない管理された生活の中で楽しめなかったバレーボールを、勝負も含めて楽しみたいと思ったからだ。

ある日練習に顔を出すと、
同じ学部の同級生の女の子から、
突然こう言われた。

「私、あんたみたいな生き方大嫌い!
ちょっと上手いからって、練習休んで、ふざけてんの?!」


その時、
「私のこと何にも知らないくせに、人の生き方否定すんな!!」

と、言ったのかどうかも、もう覚えてないくらい昔の思い出だ。


それでも、あの日投げかけられた言葉は、今でも私の胸に深く残っている。

だから大切にしたい。
人の背中の向こう側に在るものを。


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最後まで今日も読んでくださって、ありがとうございました。

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