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静かな不安を残した、自転車のパンク事件

Week1

先日、駅前に数日置いていた自転車を取りに行ったところ、
前後のタイヤが空気の抜けた状態になっていました。
自宅で確認してみると、
空気を入れる部分――バルブのゴムキャップと袋ナットが、前後ともきれいに取り外されている
(いわゆる“バルブセット一式”が抜かれた状態。)
パンクさせられたわけでもなく、
イタズラのように見えて、しかし妙に手間のかかる行動です。
理由も、誰がやったのかも分からないままですが、
その場でふっと“言いようのない不安”が胸に残りました。


こうした小さな嫌がらせのような出来事に直面すると、
「この近くに、こういう行動をする人がいるのだ」という事実だけが残ります。
相手の姿が見えないぶん、
気配だけが残り、それがやけに生々しく感じられる。
怖いのは“行為そのもの”よりも、
見た目は普通に通り過ぎていく誰かの内側に、 自分には分からない感情や衝動が存在しているという事実。
普段は穏やかに会話をする相手でも、
どんな思いを抱えているのかまでは読み取れない――
その当たり前のことを思い出すだけで、少し身構えてしまいます。


実は、似た経験を昔にもしました。
子どもが小さかった頃、マンションの駐輪場で、
自転車のパンクが何度も続いた時期があります。
そのときは
「自分が何かしてしまったのか」と必要以上に振り返ってしまい、
理由も犯人も分からないまま、心だけが疲れていきました。
今回の出来事は、当時に比べればずっと軽いもの。
怒りもほとんどありません。
ただ、日常の中にふと落ちる
“説明しにくい違和感”として、
ひとつの記録として残しておこうと思いました。

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