頼れない人生だったから、資格を取り、自分で家を買った
はじめに
「親なんだから。」
その言葉に苦しんだ時期がありました。
親なら助けてくれる。 親なら味方になってくれる。
そんな期待を、私はずっとどこかで持っていました。
でも40代になった今、思うんです。
期待を手放したら、少しだけ生きるのがラクになりました。
今日は、実母との関係について書いてみようと思います。
「離婚したい」と初めて話した日
離婚を決意した頃。
私は、たぶん反対されるだろうなと思いながらも、心のどこかでは期待していました。
今回だけは味方になってくれるかもしれない。
そう思って打ち明けたんです。
「離婚したい。」
返ってきた言葉は、
「あなたが我慢すればいい。」
でした。
「生活するだけのお金は入れてくれてるんでしょ。」
その一言で、
ああ、この人は私の苦しさは見てくれないんだ。
そう思いました。
帰る場所はないと言われた
離婚調停中も。
離婚が成立したあとも。
「帰ってくる場所はない。」
「自分で決めたことなんだから、自分で頑張りなさい。」
そう言われました。
もちろん親にも親の人生があります。
受け入れられない事情もあったのかもしれません。
でも、その言葉はずっと心に残っています。
保証人も頼れなかった
娘の進学。
私の就職。
人生には保証人が必要になる場面があります。
でも私は、一度も親に書いてもらったことがありません。
結婚してからは、
「もう、あの家の人間じゃない。」
そんな空気を感じていました。
だから私は、
困ったら実家に帰ればいい。
そんな選択肢を持ったことがありません。
だから資格を取った
私は宅建を取りました。
正社員になりました。
住宅ローンを組みました。
家を買いました。
全部、
「もしもの時は親が助けてくれる。」
そんな前提がなかったからです。
頼れないなら、
自分で生きていけるようになるしかない。
それも私の原動力でした。
今は、期待していません
昔は、
「どうして分かってくれないんだろう。」
と思っていました。
でも今は違います。
親は変わりません。
だったら、
私が期待しないほうがラク。
そう思えるようになりました。
帰省も無理にしません。
仕事が忙しい。
飛行機代も高い。
それも本当の理由です。
でも、一番大きいのは、
帰らなきゃいけない。
そう思わなくなったことかもしれません。
専業主婦だった時間も、無駄じゃなかった
昔は、
親にも頼れない。
仕事もない。
専業主婦だった時間なんて無駄だった。
そう思っていました。
でも最近は違います。
職場で子育て中のお母さんから相談を受けることがあります。
専業主婦だったから分かること。
ワーママになったから分かること。
どちらも経験した私だから伝えられることがあります。
人生って、
無駄だと思っていた時間が、
何年も経ってから誰かの役に立つことがあるんですね。
おわりに
私は今でも、
親子関係が理想だったとは思っていません。
でも、
「あの親だったから頑張れた。」
そういう美談にするつもりもありません。
ただ一つ言えるのは、
期待を手放したら、
自分の人生を歩けるようになったということです。
親は変えられません。
でも、
自分の生き方は変えられます。
頼れる人がいることは、とても幸せなことだと思います。
もし実家が近くて、子どもを預かってもらえたり、困ったときに助けてもらえたりするなら、その環境は大切にしてほしい。
でも、頼れない人生だったからこそ、私は気づけたこともありました。
資格を取ったこと。
正社員になったこと。
住宅ローンを組んで、自分の家を買ったこと。
全部、「自分で生きていける力をつけたい」という気持ちから始まっています。
振り返ると、
「あれ? 私、意外とひとりでも頑張れるじゃん。」
そう思えるようになりました。
自分の力で立っている安心感もあります。私は、その安心感を手に入れられたことが、一番大きかったのかもしれません。
だからもし今、
「何か変えたいな。」
「何か自信がほしいな。」
そう思っている人がいたら。
私はやっぱり宅建をおすすめします。
女性でも働き続けやすい。
年齢を重ねても活かせる。
そして何より、
「自分で生きていけるかもしれない。」
そんな小さな自信をくれた資格だからです。

