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兄は、ADHDだった ーそれを知ったのは大人になってからー



🍀はじめに

「ADHD」と聞いて、どんな人を思い浮かべますか?

落ち着きがない、忘れっぽい、空気が読めない…。

そんなイメージが先行しがちかもしれません。


でも、私の兄はADHDと診断されていたことを、私は大人になるまで知りませんでした。

子どもの頃はちょっと手のかかる兄だったけれど、それが「特別」だと思ったことはなかったのです。

この記事を書く理由は最後に書いています。

読んでくださる方の中に少しでも何かが届けば嬉しいです。☺️✨




🍀第1章:当たり前に「兄」だった

私には1歳年上の兄がいます。

小さい頃から、やんちゃで自由で、ちょっと手のかかる兄でしたが、それは私にとって「普通の兄」でした。

小学生の頃、兄は勉強が苦手で、小学4年生の頃には不登校気味に。

家のお金を盗んだりすることもありましたし、習っていた空手を途中で嫌がって、なんと道場から車にしがみついて帰ってきたこともあります。

思春期には普通に反抗期もありました。

決して「優等生」ではなかったけれど、それでも兄は高校・大学と進学し、なんだかんだでちゃんと卒業しました。




🍀第2章:大人になった兄と、私

大人になって、偶然同じバイト先で数ヶ月だけ一緒に働いたことがあります。

そのときの兄はとても「さばけて」いて、職場でも頼りにされていて…。

正直に言うと、ちょっと羨ましかったのを覚えています。

勉強は苦手だったけど、「言われたらすぐに動く」「フットワークが軽い」「優先順位をつけるのが得意」なんだろうと感じました。

その後、兄は家庭を持ち、仕事をしながらなんと看護師の資格を取得。

(働きながら看護学校に通い出したと聞いてびっくり…😳受験では保留からのギリギリ合格になったとか。笑)

かと思えば看護師としては働かず、次に取ったのは電気工事士の資格。

そして、自分で会社を立ち上げ、エアコンの取り付けや住宅関係の仕事を始めました。

(スピード感についていけない…😳)



🍀第3章:古民家をDIY?!

ある日、兄が古民家を購入したと聞いて驚きました。
「またすごいこと始めたな」と思っていたら、そこからが本番。

ショベルカーを借りてきて庭の木や岩を撤去し、コンクリートを打ち、人工芝を敷き…。
サッカーゴールとブランコ付きの素敵な庭を完成させました。

家の中の内装も自分で手がけ、おしゃれな照明を取りつけて、屋根まで張り替えて…。

全部、YouTubeで学んだそうです。

「興味のあることに夢中になれるって、こういうことか」と、ただただ感心するばかりでした。




🍀第4章:兄がADHDと知った日

そんな兄ですが、今でもたまに抜けているところがあります。

封筒の中身を確認せずに捨ててしまったり、日程調整を間違ったり。

でも、それは大したことではありません。
奥さんはちょっと大変かもしれないけど(笑)、兄は兄らしく、自由にのびのびと生きているように見えます。

最近になって、兄が小学生の頃にADHDの診断を受けていたことを知りました。


本人には伝えていませんが、幼少期の様子を思い返すと「なるほど」と納得する部分も多いです。


でも、私はそれを知ってもなお、兄の見方は変わりません。

昔も今も、私にとっては「普通の兄」で、そしてたくさん尊敬できる兄です。



🍀第5章:この記事を書いた理由


この話をここに書こうと思った理由は1つです。


「診断名って何だろう」ということを、考えるきっかけにしたいと思ったからです。

発達障害の1つであるADHDは、幼少期からその傾向があることが特徴とされています。

当時の私はそれを知らなかったし兄の友達も知らなかったと思います。

知っていたら何か接し方が変わったのだろうか?

はたまた、親の立場からすると、診断名があったからこそ、納得したり見通しが立ったこともあったことでしょう。

詳しくは聞いていないのですが、もしかしたら診断名を聞きたくなかったかもしれません。

もし自分や子どもが診断名を告げられたとき、どんな気持ちになるか、何が変わるのか、何も変わらないのか?

そこに"良い悪い"はありません。

思ったまま、ありのままの「受け取り方」「捉え方」を模索することが、新しい気づきになるのだろうと思います。


診断名ってなんだろう?

私も考えていきたいです。

最後までご覧いただきありがとうございました☺️🌸

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