娘を育てる中で、父親になった私が決めた10の約束
父親になる前は、「どんな親になりたいか」なんて、深く考えたことはなかった。
きっと、その場その場で娘と向き合いながら、なんとかやっていくんだろう。
そんなふうに思っていた。
でも実際は、毎日が選択の連続だった。
今は手を貸すべきか。
少し待つべきか。
叱るべきか。
それとも、何も言わずに見守るべきか。
そのたびに迷って、失敗して、反省する。
寝顔を見ながら、「あの時は違う言い方ができたな」と思う日も、一度や二度じゃない。
そんな毎日を繰り返すうちに、「これだけは曲げたくない」と思うことが、少しずつ増えていった。
ある日、自分は何を大切にして子育てをしているんだろうと思って、書き出してみた。
最初から10個にしようと思っていたわけじゃない。
思いつくままに書いていったら、気づけば10個になっていた。
どれも育児の正解ではない。
娘と向き合い、迷い、失敗し、そのたびに考えながら少しずつ形になってきた、私なりの価値観だ。
だからこれは、娘に守ってほしい約束ではない。
迷った時に何度でも立ち返るための、父親である私自身との約束である。
① 「ありがとう」と「ごめんなさい」は、親である私から言う
娘には、「ありがとう」と「ごめんなさい」を素直に言える人になってほしい。
だから、自分はできるだけ先に言うようにしている。
親だから謝らなくていい、とは思っていない。
自分が間違えたら「ごめんね」。
何かしてもらったら「ありがとう」。
娘にそう教えたいなら、まずは父親である自分ができていないと意味がないと思っている。
そう思うようになったのには理由がある。
これまで仕事でも、友人関係でも、家族でも、人間関係が壊れていく場面を何度も見てきた。
振り返ると、その始まりは意外と小さなことだった。
「ありがとう」が言えなかったこと。
「ごめんなさい」が言えなかったこと。
たった一言のはずなのに、その一言がないだけで、人との距離は少しずつ離れていく。
自分自身も離婚を経験した。
理由は一つではない。
でも、大きな原因の一つは、「ごめんなさい」という一言だった。
あの経験があったからこそ、「ごめんなさい」は、ただの言葉じゃないと思っている。
相手を認めること。
自分の非を受け入れること。
もう一度、相手と向き合おうとする意思を伝えること。
そのすべてが、この一言には込められている。
だからこそ、娘には「ごめんなさい」が言える人になってほしい。
いや、正確には違う。
娘に「ごめんなさい」を言える人になってほしいなら、まずは自分がそういう父親でありたい。
子どもは、親の言葉よりも、親の姿を見て育つ。
そう信じているから。
将来、娘がどんな大人になるかは分からない。
でも、「ありがとう」と「ごめんなさい」を素直に言える人なら、人との縁を大切にできる人になれる。
父親として、それだけは信じている。
② 完成した結果より、取り組んでいる過程を褒める
娘は公文に通っている。
もちろん、全部の宿題を終わらせられたら嬉しい。
でも、私は全部できた日だけを褒めたいとは思っていない。
三分の一でも机に向かった日。
「今日はここまで頑張れたね。」
そう声を掛けるようにしている。
最初は、「全部終わったら〇〇あげるね。」という声掛けもしていた。
その方がやる気になるんじゃないかと思っていたからだ。
でも、途中で考え方が変わった。
ご褒美があるから頑張ることよりも、
「少しだけやってみよう。」
そう思って、自分から机に向かえたことの方が、ずっと価値があると思うようになった。
できたかどうかよりも、
まず一歩踏み出したこと。
その過程を認めてあげたい。
そんな気持ちが強くなっていった。
振り返ってみると、この考え方は人事の仕事にも通じていた。
採用をしていると、学生のスキルを見る機会はたくさんある。
すでに高いスキルを持っている人は、もちろん素晴らしい。
でも、自分が同じくらい惹かれるのは、
「興味を持ったから勉強しました。」
「できるようになりたくて挑戦しました。」
そんなふうに、自分の思いを行動に変えている人だ。
実際に、そういう人ほど入社後に活躍している姿を何度も見てきた。
だから娘にも、「できたから褒める」ではなく、「やってみたから褒める」を大切にしたい。
結果は、その先についてくることもある。
でも、挑戦する気持ちは、自分の中からしか生まれない。
だから私は、完成した作品よりも、そこにたどり着くまでの姿を褒め続けたいと思っている。
③ 娘を、「子ども」ではなく、一人の「人」として向き合う
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