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【しくじり現場部長 | 現場DX実践録 #10】「便利そう」では、現場は動かない


第1章 「便利そう」なのに、なぜ現場は動かないのか

私はこれまで、受発注、帳票出力、顧客管理、勤怠補助、業務集計、配車など、現場の手間を減らすための仕組みを作ってきた。出発点はいつも同じである。入力を一度にしたい。転記をなくしたい。検索や集計を早くしたい。ミスを減らし、担当者が少しでも早く帰れるようにしたい。その思いで、ExcelやAccessを使い、必要な機能を一つずつ組み込んできた。
ところが、そこで何度も突き当たった現実がある。作れば使われるわけではない。むしろ、私が「これは便利だ」と自信を持った仕組みほど、現場では意外なほど冷たく扱われることがあった。自動集計ができる。帳票はボタン一つで出る。検索も並べ替えもできる。開発する側から見れば、以前より明らかに便利である。だから私は、使わない理由が分からなかった。
現場から返ってきた言葉は、私の期待とは違っていた。「入力が面倒だ」「どこを押せばいいのか分からない」「画面がごちゃごちゃして見づらい」「説明を聞かないと使えない」「今までのやり方の方が早い」。機能の説明をすればするほど、私は正しさを証明できると思っていた。しかし、説明が増えるほど、相手の表情が固くなることもあった。
正直に言えば、悔しかった。機能的には間違っていない。論理も通っている。現場のために作ったのに、なぜ使われないのか。私は一時期、「使う側が慣れていないだけだ」「少し勉強すれば便利さが分かる」と考え、自分の設計を守ろうとした。だが、使われない仕組みを前に、利用者の理解不足だけを原因にするのは簡単である。難しいのは、自分が作った画面や手順の側に問題があると認めることだった。
そこで初めて、私は自分が見ていた「便利」と、現場が求める「使いやすい」は同じではないと痛感した。現場が求めているのは、豪華な機能一覧ではない。忙しい最中でも迷わないこと、前より作業が減ること、失敗への不安が小さいこと、そして翌日も同じように続けられることである。

図1 開発者の「便利」と現場の「使いやすい」のあいだにある距離

第2章 システムが定着しない五つの壁

なぜ、便利なはずのシステムが定着しないのか。私は、個人のIT能力だけで説明してはいけないと考えている。問題は、現場の仕事の流れとシステムの設計が合っていないことにある。少なくとも、そこには五つの壁がある。
第一は、入力負担である。開発者は、分析や管理のために多くの情報を取りたくなる。しかし、現場の人にとって入力は、本来の仕事を進めるための付随作業である。同じ内容を紙、Excel、新システムへ何度も入れる。必須項目が多い。入力の意味が分からない。こうした状態では、自動集計の便利さより、入力の面倒さが先に見える。
第二は、操作の複雑さである。機能を整理したつもりでメニュー階層を増やし、ボタンを並べると、使う側には迷路になる。機能が多いことは、覚えることが多いことでもある。月に一度しか使わない操作であれば、前回の記憶はほとんど残っていない。利用頻度を無視した多機能化は、便利さではなく再学習の負担を増やす。
第三は、見づらさである。一画面に情報を詰め込むと、作る側には「全部見える画面」に思える。しかし、使う側には「何を見ればいいか分からない画面」になる。文字が小さい、重要なボタンが埋もれる、色の意味が多すぎる。画面を見ただけで疲れるものは、忙しい現場では続かない。
第四は、説明コストである。説明を受けなければ使えない、長いマニュアルを読まなければ進めない、詳しい人が隣にいなければ不安である。この状態では、システムを使うたびに誰かの時間が必要になる。導入費用だけでなく、質問への対応、引継ぎ、担当者の異動まで含めた説明コストが積み上がる。
第五は、変化への抵抗である。ただし、人は新しいものが嫌いだから抵抗する、と片づけてはいけない。新しい手順で失敗するかもしれない。入力が増えるかもしれない。従来の経験が通用しなくなるかもしれない。問題が起きたときに自分が責められるかもしれない。現場が抵抗しているのは、変化そのものより、変化の先にある不確実さである。
この五つは互いに結びついている。入力が増えれば、操作時間が延びる。画面が見づらければ説明が増える。説明が増えれば、使うこと自体が特別な作業になる。そして不安が強いほど、人は慣れた紙やExcelへ戻る。定着しない原因は、一人の能力ではなく、業務工程、画面設計、教育、責任分担が重なった構造なのである。

図2 入力負担・操作・見づらさ・説明・変化への不安が定着を妨げる構造

第3章 問題の本質は「便利」ではなく「使い続けられるか」にある

問題の本質は、システムに機能があるかどうかではない。現場が、その機能を日常の仕事の中で無理なく使い続けられるかである。開発する側は「これができる」「自動化できる」「一覧で管理できる」と考える。現場は「すぐ入力できるか」「前より早いか」「間違えても戻せるか」「忙しいときにも使えるか」を見ている。評価軸が違うのである。
私はこの違いを理解するまで、機能を追加することが改善だと思い込んでいた。要望が出ればボタンを増やし、管理したい項目があれば入力欄を増やした。結果として、一つひとつの要望には応えていても、全体としては重く、迷いやすい仕組みになった。良かれと思って足した機能が、利用者の判断回数を増やしていたのである。
そこで発想を変えた。最初から高機能を目指さない。入力項目を減らす。ボタンを減らす。見せる情報を絞る。一つの画面では、一つの判断だけを求める。説明を受けた直後ではなく、数日後に一人で操作できるかを見る。すると、現場から返ってくる言葉が変わった。「これなら使える」「これなら続けられる」「超簡単、超便利」。私はそこで、便利さとは機能の数ではなく、迷わず目的へ到達できることだと学んだ。
作っただけでは価値にならない。論理的に正しいだけでも価値にならない。相手に理解され、使われ、実際に手間やミスが減り、使い続けられて初めて価値になる。これはシステムだけではなく、制度、マニュアル、商品、note記事にも共通する。作り手の満足ではなく、受け手の行動と結果が評価なのである。
では、現場が動く仕組みを、誰が、何を、どの順番で設計すればよいのか。ここから先では、機能を減らすだけで終わらせず、小さく試し、迷いを観察し、定着まで確認する具体的な手順を示したい。

第4章 現場が動くシステムを設計する五つの実務原則
第5章 使われ続ける改善を運用へ変える

次に読むなら

第11話「私は、「高額システム信仰」に疑問を持っていた」
なぜ、読んだほうがいいのか:
第10話では、機能を増やしても現場が動かない理由を扱いました。次の第11話では、その延長線上にある「高額で多機能なら安心」という思い込みを問い直し、投資額ではなく現場価値で判断する視点へつなげます。

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第3話「高額多機能システム。でも、なぜ現場では使われないのか?」

第7話「クラウドは便利。それでも、なぜ現場は苦しくなるのか?」

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