ポスト資本主義への確かな道程~共感資本主義と公益資本主義の関係性~
ポスト資本主義は「ミクロな価値観(共感資本主義)」と「マクロなシステム・ガバナンス(公益資本主義)」の両輪によって構造化されると捉えるその根拠を整理する。
私の志は、弱肉強食な資本主義経済の終焉を見据え、共感&公益資本主義社会への橋渡し人生を生きることで、この論考は私の道しるべでもある。
共感資本主義は、金銭や物質的な資本だけでなく、信頼、共感、評判といった目に見えない無形資産(ソーシャル・キャピタル)を資本として評価・流通する経済で、ミクロな人間関係やコミュニティにおけるインセンティブの再設計である。コミュニティ内で、個人の存在意義や関係性が直接的な価値を持つ社会の実現を目指します。
例えば、単に機能や価格でモノを買うのではなく、その企業の理念や売り手のライフストーリーに共感して消費する。コミュニティ内では得意なこと(英会話、料理など)を教え合い、時間や労力を交換する相互扶助~江戸期の寺子屋も、教えてくれた謝礼に米や野菜、季節の贈り物などでお互い助け合っていましたね。ゴミ拾いやこどものお使い・肩たたきがすでに、地域通貨やボランティア・ポイントなどで流通しています。
一方、公益資本主義とは株主の利益だけを追求するのではなく、従業員・顧客・NPO・地域社会・環境などその企業に関わる「ステークホルダー」全体に利益を還元する公的な存在であるべきだという思想。
例えば、創業100年を超えるような老舗企業の多くは「三方よし」を家訓に掲げたり、「次の世代に事業と地域をどう残すか」という長期の視点で経営されています。不況時でも安易に従業員を解雇せず、地域社会との共生を優先します。また災害時にいち早く救援物資を届け、避難所として機能するコンビニエンスストア。あるいは地域の雇用を守り、文化活動を支援する地銀や信用金庫など、単なる収益事業としてだけでなく「そのサービスが止まったら地域社会が立ち行かなくなる」という公的な使命感を持ち、事業の中に社会課題解決を組み込んでいます。
公益資本主義は企業が「公の利益」を最大化し、環境や社会に配慮した企業活動の在り方です。その土台の上で個人やコミュニティが共感や関係性を通じて新しい価値を創造し、循環させる共感経済☆ポスト資本主義はこの2つが補完関係になって進展していく。
「共感資本主義と公益資本主義が統合された社会」へ移行するとの根拠は?
従来の資本主義は、株主の利益を最大化する過程で、環境破壊や格差拡大といった「外部不経済」を放置してきました。気候変動や社会的分断が深刻化する中、企業活動にはこれら社会・環境コストの内部化(公益性の担保)が不可欠となっています。
これらを外部不経済のまま放置すると、将来的な損失が企業の利益を上回る構造になってきてます。EUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)や、炭素国境調整措置(CBAM)のように、環境や人権に対するコストを企業が負担し、開示することが国際的なルールとして法制化されています。対応を怠ることは、市場でのペナルティや取引停止を意味します。
またAI、ブロックチェーン、ビッグデータ解析の進化は、これまで測定が難しかった「信頼」「共感」「評判」といった無形資産の定量化と、コミュニティ内での流通が可能になりました。これにより、共感資本主義が機能するインフラが整いつつあります。
物質的な豊かさから、精神的な豊かさや自己実現、社会的な貢献(ソーシャル・インパクト)へと人々の欲求のベースが若者世代からシフトしています。消費行動や就職先として「共感できる企業・事業」が選ばれるようになり、市場原理として公益性を重視せざるを得なくなっています。
ここまでの議論は決して理想論をなぞってるのではなく現在はすでに、従来の資本主義の中に、公益的なガバナンス(ESG投資やB Corpなど)と共感コミュニティが組み込まれる移行期の真っただ中で、2040年 〜 50年代にはミレニアル世代・Z世代の社会的地位向上、(ベイシックインカムなど)法制度の変革を経て、公益資本主義が企業の標準となり、共感に基づく経済活動が主要な市場へと成長していきます。
そして22世紀初頭には「資本=金銭」という前提がとうとう崩れ、弱肉強食の株主資本主義は終焉を迎え、共感資本を中心としたポスト資本主義が完全な主流となるでしょう。我々の社会活動はここまで見据えます。
現在仲間たちと、関西&東京で「地域の困りごとを解決するスモール・リーダーたちのコミュニティ&そのネットワーク」を展開しつつあります。また一方、社会的企業や事業型NPO向けのブラッシュアップ支援組織も構築中で、共感経済&公益企業双方への対応を準備中で楽しみです💚
