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人生を楽しむ方法

しがない一般の学生が書くにはタイトルが事々しいが、許してほしい。まだ生まれて四半世紀もたっていない。が、しかし、学生という名前を借りたニートである私。暇な時間がありすぎて幸せとか人生とかを考えてしまった。

この文章は「何者かになって世界を変えてやろう」とか、「20代であれしてこれして30代になったら…」なんて考えてる人向けではない。彼らは人生に意味とやらを見出しているから。そうでない人でもし時間があったらこの先の文章も読んでみてほしい。

検索すると、「人生」とは人がこの世で生きていくこと、またはその期間を指す言葉であるそう。一方で人生を「旅」や、「成長過程」などと表現している人もいる。人生とは人によって定義があり、その言葉の意味は曖昧であるように思える。

私は「人生」というワードは意味を持ち過ぎているように思える。春とヒコーキの土岡さんも言っていたが「人はただ生まれて死ぬだけ。その過程に「人生」と名前を付けて格好つけているだけだ。」と。私もこの考えに賛同している。所詮、食って遊んで仕事して寝るのサイクルをこなすだけでそこに意味などはない。なので、おそらく何かに悩んでいるであろうそこのあなた。生に意味を求めるだけ無駄だ。

それでも自分がかわいくて仕方がないというあなた。そんな甘っちょろいあなたに向けていくつかの暇つぶしを見つける方法を書いていく。

まず、一つ目。五感を研ぎ澄ますことだ。これは修行をしろと言っているのではない。目や耳、鼻や舌、肌を「使う」という意識を持てということだ。普段何気なく何かを食べたり触ったりしているが、それを改めて「使う」というところのレベルまで下げてみる。例えば、外に出てみて風の具合を肌で感じてみるとか。かつての偉人の見た風景を目に映してみるとかでも良い。小さな窓越しの世界ではなく生で何かを触って得る経験は何物にも代えがたいオリジナルである。

二つ目は感性に素直に動くということ。まあ、よく言われていると思うがこれは改めてそうだとここに記しておく。我々は知らない間に偏見まみれの色眼鏡をかけている。そのうえで、高くもない誇りを持っている。そんな曇り切った眼鏡と、くだらないプライドが邪魔して身動きが取れなくなることがある。やりたくてもできないと嘘をついて逃げる。それでも良いとは思う。が、暇な時間がやってきて思考にふけると自己嫌悪に陥る。そうなるのであれば今持っている感性に従って行動するほうがよほど健全である。今やってみたいことを整理し、それを今日やる。あとは流れに身を任せれば勝手に事が進んでいく。お金とプライドはやらない理由にならない。

さて、ここまで書いてみたが、こんなことを書いている私もやりたいことなどない。特にに目標は見つからないし、見つける気もない。ただ今日も飯はうまいし、快便だ。

人生なんて大それた言葉で考えなくても良いと思う。暗中模索。なにか探し回ったりするかもしれない。ただ、所詮は暇つぶし。使命感とかは捨てて牛丼でも食べて寝ろ。欲と五感に忠実であれ。以上。


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