「情緒」と「変態性」の同居 〜諦め立ち尽くす (フジファブリック 「桜の季節」)
ども、はざまです。
歌詞の断片。その94 フジファブリック 「桜の季節」
「桜の季節過ぎたら 遠くの町に行くのかい?」
(桜の季節・フジファブリック・志村雅彦:作詞・2004)
2004年にリリースされたフジファブリックのメジャーデビューシングル「桜の季節」。この曲は、それまでの「桜ソング」の概念を根底から覆した、日本のロック史における極めて重要な一曲です。
故・志村正彦さんの唯一無二の感性が爆発した、その音楽的革新性を紐解いていきましょう。
日本の歌謡曲が持つ「情緒的なメロディ」に、プログレッシブ・ロックやニューウェイヴの「ひねくれた構造」を強引に合致させた点が最大の革新です。
どこか懐かしく、日本人の琴線に触れるメロディラインでありながら、和音(コード進行)は非常に複雑で予測不能です。
金澤ダイスケさんによるアナログシンセサイザーの音色は、お花見の華やかさとは無縁の、「狂気」や「焦燥感」を演出しています。
当時のギターロックシーンにおいて、フジファブリックのアンサンブルは極めて異質でした。
イントロから流れる、ギターとキーボードが複雑に絡み合うフレーズは、単なる伴奏ではなく「歌」と同等の主張をしています。
志村さんの独特な字余り・字足らずな歌唱スタイルに合わせ、楽器陣が拍子をあえて崩すようなアプローチを取り、聴き手に心地よい違和感を与えます。
「桜のように舞い散って しまうのならばやるせない」
(同上)
従来の桜ソングは「卒業」「旅立ち」「淡い恋」がテーマでしたが、「桜の季節」はもっと泥臭く、執念深い感情を描いています。
「桜の季節過ぎたら 遠くの町に行くのかい」という言葉の裏にある、断ち切れない未練や、過ぎ去る時間への恐怖。
志村さんの書く詞には常に「移ろい」と「死」の気配が漂っており、この曲でも桜の散り際を、単なる風景描写ではなく「感情の終焉」として描いています。
志村さんとの、その、早過ぎた別れから、今年ではや17年になろうとしています。2019年、没後10年の時には、ワタクシも年末にはるばる富士吉田まで墓参りに行きました。
墓前には、志村さんが好きだったコーラのペットボトルが山のように置かれていて、10年経っても、まだ、全国の人に愛されているのだなあ、と胸が熱くなったことを、つい最近のことのように思い出します。
YOUTUBEのこの曲のコメント欄にも、毎年桜の季節になると、ファンが集います。
次、あと3年したら、没後20年。光陰矢の如し。
機会あれば、また、訪ねてみたいと思っています。
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