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バグった食欲

昨日は綾瀬はるかさんの『ひとりで死にたい』の録画を一気観してた。その中のカットでパートナーについて言及されていたのだけれど、、

楽しませてくれるパートナーよりも黙ってちゃんと話を聞いてくれるパートナーが本当の選ぶべきパートナーなのだ。のようなセリフがあって、まさしくそのとおりだと思った。

私も過去は旦那さんに華美さを求めていたけれど、今は変わらずそのままの私を受け止めてくれる旦那さんがとてもとても尊い。

出会わせてくれた神様に心から感謝だ。

そんな昨日も、旦那さんは私の話を静かに聞いてくれた。noteにも書いた心のザワザワ。その根っこと言うか、きっかけと言うか、これまで踏み込まずにいた領域。その部分に昨日は少し足を踏み込むことが出来たから、ただ聞いて欲しかったんだよね。

自分の心の確認のため。
自分に言い聞かすため。
ただ黙って聞いてくれる心地よさ。
絶対的な安心と信頼。

これさえあれば、私は何度だって立ち上がれる。

8月の私はずっとおかしかった。
何が?と言うと、食欲が。

食欲がずっとバグっていて、揚げ物や菓子パン、ケーキ、アイス、、とにかくジャンキーを欲していて常に食べ物のことばかり考えていた。(YouTubeの閲覧も大食いとかコンビニスイーツ新商品レビューとかwばかりだった)

そんな中、福井への帰省。
ご飯食べ放題&連日のコンビニ通い。花屋の手伝いがあったからすぐには身体に響かなかったけれど、手伝いが終わってとどめのパンケーキ。


お見事。体つきが変貌を遂げた。
少し緩かったデニムにお腹の肉が乗っかり、顔はパンパン。衣服が肉感を拾う姿に、私は自分の姿を鏡で見れないでいた。

太るってつらい。

そんな現実逃避をしていたのだけれど、昨日の朝、noteに少し気持ちを吐き出したことで本当の気持ちが見えてきた。

悲しい気持ち。つらい気持ち。
それは今回だけの話じゃなくってこれまでの。
ずっとずっと抑えてきた気持ちが胸の痛みとして現れてきてくれたんだ。

私はずっと自分の見た目を許せないでいた。

人からジャッジされたくない。
そう思っていたけど、自分のことを一番ジャッジしているのは自分だったのだと気付いた。

周りの人と比べて上下をつけていたり、鏡を見て自分に厳しい言葉をかけていた。

それは顕在的に言葉にはしていなかったけれど、ニュアンス的に感覚的に、自分に刃をまとわせていた。

「自分は劣っている」と。

それは多分幼少期からずっとそうで…
ずっとずーっと何十年も私は、自分に酷い言葉をかけ続けていたんだ。

胸の痛みは自分からの悲痛の叫びだった。
言葉にならない言葉の波が押し寄せてくる。怒りでもなく、憎しみでもなく、ただただ自分からの深い悲しみ。

私は泣きながら何度も自分に謝った。
酷いことをしてきてごめん。本当にごめん。
嗚咽の涙。それでもまだ胸は痛む。そりゃそうだ長年閉じ込めてきたエネルギー。たったの一回では出し切ることはできないだろう。

自分からの叫びを全身で味わう。涙を出し切る。誰のせいにも出来ない痛みに、私がやれることはこれしかない。

だけど唯一の救いなのは、自分の内側の変化。
「摂食障害だから…」と病気を持ち出すことに全く意向が向かなかったのだ。

何度も繰り返していた自分の逃げパターン。
それがいつの間にか終わりを迎えていることに気が付いた。

私はちゃんと進めてる。

そのことを昨日の夜、旦那さんに話して聞いてもらった。返答やアドバイスはいらない。ただただうんうん…と聞いてくれるだけが心地よい。

そして今朝、起きて自分の中から湧いてきたのは自己信頼。

"私は自分にとっての最適を自分自身で選べる"

だった。

***
もう自分を苦しめることはしない。傷付けることもしない。ありのままを受け止める。

健康であること。快適であること。自由であること。幸せであること。

私基準の私らしさを私は目指す!

***

見た目へのジャッジ。
それを緩め、そのままの自分を受け容れる。

自分の容姿も自分が選んでこの世に生まれてきた。この世にたったひとつ。私を体現してくれる大切な容れ物なのだ。

ただ痩せればよいのではない。
我慢や制限ありきじゃ本来の自分とは言えない。

まだまだ胸は痛む。これまでの悲しみが残っているのを感じる。そんな自分への悔しさを心に刻み、私は私なりに進んでいこう。

躓いてもいい。転んでもいい。
時間がかかっても大丈夫!

「私なら出来るよ」と励ましながら、私のペースで歩いて行ってあげようと思う。
 
 
 
ps. パンケーキを食べたことでジャンキー欲が収まった。バグった食欲はきっと、最後に残っていた食事への制限。ついつい確認してしまう裏面表示・ついつい計算してしまう脂質へのこだわりを手放すためだったのだと思う。

食べ物・食べ方・食材への自由。

太ったことはあくまで結果論。
それまでの過程や見えない内側にあるべきネバに答えがあるのだ。

だからこそ表面的なものに囚われない。縛られない。柔軟に自分を俯瞰して何が起因しているのかを探ること。

こだわりはエゴ。
自分への抑圧感情。

そのエゴを涙で流しきれば自ずと答えは見えてくる。

…と分かっていても、体現に至るまではまだまだ修行が必要な私なのであーる。(笑)

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