冬の空気
12月に入った。
まだ、厚いコートを着るほど寒くはない。寒くなるのが年々遅くなって、今年は、最近になって、やっと木々の葉が、赤や黄色に色づきはじめた。
暑いんだか涼しいんだか、よくわからない中途半端な秋が終わって、今は、ようやく冬の入り口、というところだろうか。
低く透き通るように青い空と、乾いた葉っぱの香りがする冷たい空気は、10歳の時の、父との記憶をよみがえらせる。心に浮かぶ風景は、父と登った小さな山と、その頂上にあった貯水タンクだ。
その頃、私は自転車に乗れるようになったばかりだった。自転車はキャラクターがついているもので、ダサいことこの上なかったが、やっと乗れるようになった自転車で、いろいろな場所に行くのは楽しかった。
父はママチャリに乗り、私はその後ろについて、週末は二人で近所を探索した。
探索の途中で、ちょっとした山(車が通れるほどの道幅の道路が、アスファルトで舗装されている)の入り口を見つけ、登ってみよう、という事になった。私も父も、自転車を押しながら、坂道を登っていく。
それは、11月くらいの事だったと思う。
紅葉が終わった木々は葉を落とし始め、道を歩くと落ち葉が、さく、さく、と音を立てた。
私も父も、黙々と、自転車を押して歩いていた。
見上げると、折り紙の「そらいろ」と、同じ色の空が広がっていた。雲ひとつなかった。
私と父の呼吸と、自転車のタイヤがカラカラ回る音と、落ち葉がカサカサ鳴る音と、ときどき聞こえてくる鳥の鳴き声くらいしか、そこにはなかった。
とても、静かだった。
「わたし、この空と同じいろの折り紙、持ってるよ」
と父に話しかけてみた。
父は、黙っていた。
頂上まで登っても、そこまで高さのある山ではないから、綺麗な景色が見渡せる、ということはない。
ただ、草ぼうぼうの空き地が広がり、貯水タンクがあるだけだ。そこで何をするわけでもない。
貯水タンクの周りを、ただぶらぶら歩き、他にやることもなくなれば、「帰ろうか」と言って、来た道を戻った。
帰り道は下り坂なので、私も父も、自転車にまたがり、ブレーキを思いきりかけて、ギーギー言わせながら降りた。
父も私もビビりなので、ブレーキなしで猛スピードで下り坂を降りる、ということはしなかった。
でも、二人で、下り坂のちょっとしたスリルを、キャーキャーいいながら降りるのが、楽しかった。
父と、その貯水タンクがある山には、その後、一、二度登った。
その年の末に、父と母は離婚することが決まった。
冬の空気を感じるたびに、その頃のことを思い出す。
まだ、何も知らなくて、変わりない生活がずっと続くと思っていた時のことを。そして、私と父が、親子だった時のことを。
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