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【#151 少しだけ、昨日より透明になれた気がする】

ふとした瞬間に、自分の内側が静かに澄んでいることに気づく日がある。何かが大きく変わったわけではないのに、昨日まで確かにあったはずの濁りが、すっと引いているような感覚。触れようとすれば壊れてしまいそうなほど、やわらかくて繊細な変化だった。

以前のわたしは、自分の感情を持て余してばかりいた。うまく言葉にできない思いが重なって、心の奥に小さな澱のように溜まっていく。その重みをどう扱えばいいのか分からず、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。

けれど、いつの間にか、少しだけ違う向き合い方を覚えていた。無理に整えようとせず、正しく理解しようと急がず、そのままのかたちで見つめてみること。曖昧な感情を曖昧なまま抱いているうちに、それはゆっくりと輪郭をほどいていった。

透明になるというのは、何も感じなくなることではなかった。むしろ、余計な力が抜けて、感情がそのまま流れていける状態に近いのかもしれない。引き止めたり、押し込めたりしなくてもいいと気づいたとき、心は自然に軽くなっていった。

昨日まで引っかかっていた小さな棘も、今日は不思議と痛まない。同じ景色を見ているはずなのに、受け取り方が少しだけやさしくなっている。その変化はとても控えめで、気づかなくても通り過ぎてしまいそうなほどだったけれど、確かにここにあった。

わたしはきっと、こうして少しずつ透明になっていくのだと思う。一度ですべてが澄みきることはなくて、また曇る日もある。それでも、そのたびに自分の内側に手を伸ばし、静かに整えていくことができる。

透明であることは、弱さではない。むしろ、いろいろなものをそのまま受け入れられる、しなやかさのようなものだった。強くあろうとするよりも、やわらかく在ろうとすることの方が、ずっと深く自分を支えてくれる。

少しだけ、昨日より透明になれた気がする。そのささやかな実感は、誰に見せるものでもないけれど、確かにわたしを前へと運んでくれる。大きな変化ではなくてもいい。この静かな進み方を、これからも大切にしていきたいと思う。

目には見えない場所で、確かに整っていくものがある。そのことを知っているだけで、どんな日にも、やさしい光が差し込む気がする。

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