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【短編小説】祠を探して

この小説は「遠い銃声」シリーズのスピンオフですが、読んでなくても楽しめます。
登場人物の設定データはこちら↓

・緋月慈雨(ひづきじう)
副社長→社長付きの男性秘書 秘書課所属
都内の治安のよくないエリアで捕獲されたクロ(現在の青竜)に小野田ホールディングスに入社する為に教育をほどこした人。
美大出身、日本画専攻 仏像を作ったり、ナイフを自作したり、ゲームのパッケージのイラストを描いたり、芸術に関しては多才。
専業芸術家になる為、小野田を辞める
現在の居住地は京都市北区
髪の毛が白く、赤茶色の瞳をしたアルビノ


 


アルビノだったので、生まれてからずっと白い髪だったから、自分が歳をとったということを自覚できていなかったということは言い訳にならない。

 「ちょ、おま……」

 緋月慈雨は京都駅前運転免許更新センターでの免許更新の帰り、激込みの京都市バスの中で改めて新しくなった免許証を見た。

「なに?俺、もう、え?え?40代なの?」

 思い起こしてみると、美大を卒業して小野田ホールディングスに入社したのは22歳の時、それから10年近く働いて32歳の時に、専業芸術家になる為に退職したのだ。

 京都の北区に自宅兼アトリエを構えて、ひたすら日本画を描いたり、依頼があれば、仏像を彫ったり、仏像を修理したり、友人に頼まれて、小説のカバーイラストを描いたり、カルチャースクールの絵の先生をしたりしているうちに月日は流れまくっていたのだ。

「え…自覚ない、でも…小野田辞めたの平成だったんだ…今、令和だったよな…えっ、コロナの前に辞めたんだよな…ほんと、覚えてない」

 絵を描くと時間を忘れる。目がしょぼしょぼして、近くが見えづらくなったのは目を酷使したせい、と思ったら、軽い老眼だった、肌がなんだか汚くなってきたなあ、寝不足か、顔の洗い方を変えてみようかと思ったら、これも老化だった。

 自分以外はきちんと時が流れていて、美大時代の友達は、子供が美大に行くといって揉めたと言っていた。他の友達は自分が何日も丹精こめて彫った仏像を子供に、ほんの数時間でコピーされて3Ⅾプリンターにプリントアウトされ、夜泣いたという報告を受けた。

 自分の父親は年金暮らしになり、お前の仕事なんかAIにとってかわられるぞ、とこの前帰省した時、しこたま怒られた。そしていつも母親がうるさく見合い写真を持って用意しているのに、この前の帰省の時はなかった。

「なんだか、ちゃんとしたお嬢さんに、あんたを紹介するのも気がひけてねえ…」とため息をつかれた。

「浦島太郎だよ、俺は、まあ、生まれた時から白髪だったけどさ」

 スーツケースがゴロゴロする音と、外国語の喧騒であふれている市営バスの中で、緋月はひとりごちた。

 バス停から降りて、自宅に向かう途中で、何か白い猫のようなものが道端でうずくまっているように見えた。

「ここは危ないよ、にゃー」

 柄にもなく猫に向かって話しかけてみた。

 白い毛玉はむくりと起きて振り向いた。

「誰?」

 そこには白い狐の耳とふさふさのしっぽを持った7歳ぐらいの男の子がいた。

「きつねさん?」

「そう……伏見の使いだ……」

 白い着物に青い袴、神社の神主のような恰好をしている。

「伏見といったら、あの外国人が大好物な鳥居のいっぱいある……稲荷さん」

「そうだ、あそこから分祀に出されたのだ。私は主さまの使いだ」

 男の子は懐から光る玉を取り出した。

「主さまと私は新しい祠に住み始めたのだが、追い出されてしまったんだ」

 この光る玉が、新しく分祀された主さまなのだろう。

「どこの祠を追い出されたのかな」

「それが…な……新しく入ったばかりで、急に追い出されたので、どこか覚えてないんだ」

 緋月はうーんと考えた。

「これはインターネットでもAIでも正解は出ないかもしれないなあ、今夜は主さまと一緒に俺の家に来る?明日になったら、一緒に探そうか」

「本当か、それは助かる…」

 狐の子供を抱き上げると、緋月は家に戻った。

 緋月の家は、築が古い家を自力でリフォームをしてアトリエと住居を兼ねている。

「おじさんの名前は何?」

「緋月慈雨だ、お前さんの名は」

「名前はない、きつねでもお使いでも何でも言ってくれ」

 緋月は狐の子供をリビングのクッションに座らせる。

「そか、シロでいいかな、シロ。白いから」

「はは、それはわかりやすくていいな」

 シロは笑いながら言った。

 緋月は棚の中から、文鎮が入っている箱を取り出すと、中の文鎮を取り出し、やわらかな絹の布をしき、シロの目の前に置く。

「主さまもくつろぎたいんじゃないかな、もしよかったら、主さまのベッドに使ってくれると嬉しいんだけど」

「お、おおお」

 シロは懐から再び主さまとよばれる光る玉を取り出す、つっと、光る玉は自分で飛んでいって箱の絹のベッドにおさまった。

「なんかすごいな、感動」

 緋月は驚いた。

 シロは語りかける。

「なんで、私の姿が見えた?」

「よくわからないなあ、俺、霊感はないんだけど、あの時、普通にお前が見えたんだよ」

「人と違う形をしていたのに、なぜ驚かなった?」

 緋月はそれもそうだと思った。

「実は過去に、すごく獣というか妖怪に近い人間と一か月くらい一緒に暮らしたことがある。彼は心の中に凶暴な獣の性格を持っていて、油断すると暴れた。それに比べたら、お前は大人しくていい子だよ」

 はるか前のクロこと青竜のことを思い出して緋月は言った。

「成長途中の16.17くらいの男の子でね、女の子みたいに細くて、顔はきれいで、とてもミステリアスな容姿をしていたからなおさら、そこから出てくる獣の性格はこわかったかな、手足拘束されても暴れるんだぜ」

「人間でも怖いのがいるんだ」

「いるいる、たくさんいる、ぜ、お前も分祀された新しい祠に戻ったら、たくさん会うことになるかもな」

 シロはちょっと嫌な顔をした。

「食事はするのか……」

「海のものと山のものを少し…火を通さなくても大丈夫」

「海のもの…とかって」

「干物とかするめとか……でもなかったら山のモノだけでいい…さつまいもとか」

 緋月は考えて、とりあえず家にある、生米とキャベツをむいたものと、なぜか近所のおばさんにもらってあったさつまいもを皿に入れて備えた。

 「形は残るけど、主さまと私食べたから…」

 しばらくするとシロは言った。

 「形がなくなるわけではないんだな……」

 緋月はシロの目の前に盃を置くと、日本酒を注いた。

「日本の神様は仏教と違ってお酒を飲む」

「……あ………」

 シロの白い顔がぽわんと赤くなった。

「いや、断ることなく飲んだんかい!いいのか?子狐」

「うひーー。美味しかった」

シロは笑った。シロのまわりをふらふらと光る主の玉が舞い始めた。

「ぬ…主さまも飲んだんかいっ!」

 主と従者は楽し気に踊りだした。

「お…踊るんかい…でもなんか何故か盆踊り系…」

 1時間ほど2人の奇妙な踊りは続いた。
 
 シロのために一室用意してあげようかと思ったが、アトリエももう一つの部屋も物だらけで布団が敷けなかった。仕方なしに自分の寝ているリビング
に自分の布団の隣に客用布団を敷く。

「ごめんなあ、ちゃんと外に干してない布団でさ」

「かまわぬ…こちらこそ、すまないなあ」

 真っ赤な顔のままシロは横になると、すぐに寝落ちした。

 緋月は覗き込む。

「かわいい神様だなあ……」

 ふさふさした子狐の使いの髪の毛を撫で、耳を触った。犬のような耳だった。

「これ、くすぐったい」

ぴくぴく耳を動かす。

「あ、ごめん、ね?君の絵を描いていい?」

 瞳が一瞬開いた。

「描いてはいいが、人には見せてはいけない」

「なぜ……?」

「騒ぐ人がいるからな、我々は見えないことになっている……」

 緋月はスケッチブックを用意した。

 「わかった、描いたものは自分が時々眺めるだけにしておくよ」

 シロをスケッチし始めた。

 「丸くてもふもふで、なかなかかわいい形をしている……」

 こうして寝ている生き物の姿をスケッチしたのはすごく久しぶりだということに気がついた。

 (クロ………、いや、青樹……)

 親でもないのに、自分が生まれて初めて、名前をつけた少年。細くて、少女のような体に獣を隠していた少年。彼の寝顔をこっそりスケッチして、それが彼にバレて以来だ。

(元気でいるかな)

 別れてから10年…。LINEで何度か会話をかわしたが、会うことはほとんどなかったような気がした。遠まわしで、時々近況を報告しあっている、青樹の元同僚のマックスへLINEを送ってみた。

「忙しいが、元気にやっているぞ、LINE送ってやれよ、喜ぶぜ、最近部下ができたぜ、信じられる?あの野良犬が特務課の課長やってんだぜ」

 マックスの口の悪さと雑さは相変わらずだったが、追って送られてきた画像にがっかりした。

 「あ、育っちゃってる……」

 身長が高くなって、骨が太くなり、顔も長くなり、端正だが、成人男性になってしまった青樹が納涼祭でわらび餅を売る画像だった。

「あの中性的で、なにか物の怪じみたところがよかったのに、普通の人間になってしまっている」

 仕方がない、自分が老眼になるほどに時はたってしまったのだ、美少年は今は普通の成人男性に代わっていて何もおかしくはない。

「俺がアメリカ製のプロテインとステーキ肉でここまで育てた」

 マックスの得意げな文字が躍っていた。

「身長160センチくらいから、180センチまで2年で伸びた。すごいだろ、俺が食わせて大きくしたし、太らせた。ケツなんか、あの頃の2倍くらいに大きくなった」

「ケツがでかくなったのか、それはやだなあ」

「まあ、ジョークだよ、腰の安定感が出たという感じだよ」

彼のもうひとつの性格は緋月の描いた竜の絵が好きで、何枚かラフスケッチをあげたこともあった。

「あの頃は…………」

言いかけて緋月はやめた。もう…遠い過去だ…軽く思い出すだけにとどめて
おいた方がいい。もう戻らない世界なのだから……。


 翌日、緋月は主さまを懐に入れたシロを肩車して、伏見稲荷大社に向かって地下鉄に乗っていた。

「インバウンドェ………ぐえ…」

 日本画専攻だったので、日本画関係にアクセスしやすい京都に居を構えたが、ここ数年のコロナが終息した後の京都の中心部の混み方は都会の出身である緋月ですら辟易する世界だった。

  シロの手をひかずに肩車をして正解だった。
 奈良線の稲荷駅で降りて、伏見稲荷大社をめざす。ホームにはすでに外国人観光客が大勢いたが、門前の通りはほとんど人だらけになっていた。

 大鳥居をくぐって、二の鳥居を抜け、本殿が見えてきたあたりで、シロに飛ぶように緋月はいった。

 「分けてもらう前の主さまに、どこへいけばいいか、もう一度教えてもらっておいで」

 「あーい」

 シロは軽やかにちょんちょんと人の頭の上を飛び、本殿へ消えていった。
 人垣を逃れ、敷地の隅にたたずんでいた緋月の元にすぐ戻ってきた。

「これ」

 紙切れをもってきた。そこには筆で住所が書いてあった。

 「京都市北区…やっぱりうちの近所じゃないか、とりあえず戻るか」


 家の近くに戻ってきて、グーグルマップを片手にシロの祠を探し当てた。

「あ…………」

 祠は空き地にぽつんとあった。先日建てたような新しい祠のようであるが、通りに面していたせいなのか、何者かに荒らされていた。

「兄者」

 祠の前に立っている狛犬がわりの二頭のきつねは一頭しかなく、もう一頭は台座だけ残してその姿がなかった。

 シロが叫ぶと、残された台座の上の狐はシロによく似た男の子になり近寄ってきた。

「おお、探したぞ」

「私の家は?」

 シロが尋ねると、兄者と呼ばれた子狐は指を刺した。
 通りを平行して走る水路の中にもう一つの狐像は沈んでいた。

「ひでえ」

 緋月は水路に入り、狐像を取り出した。

「酔客がもぎ取って捨てた」

 兄者は辛そうに言った。

「そうか、大変だったな」

 シロが懐から主さまを取り出すと、主さまは祠に戻ろうとしなかった。

「もしかして……」

 緋月が祠の赤い扉を開けてみた。
 わけみたまが入っているはずの祠の中には、飲んだ後のチューハイの空き缶が無造作に入っていた。お神酒として捧げられたものではなく、酔客が飲んだ後持てあましてこの中に入れたのだろう。

「おいおいおい」

 緋月は腹がたってきた。

「観光客だか、ただ酔った地元人かわからんが、民度低いな、どうしてこんなことができる」

 緋月は缶を取り出し、自分の買い物袋に入れた。

 祠の中は酒の匂いで充満していた。

「少し風とおしがよくなるが一晩ここを開けておけば匂いは飛ぶかな。シロの像も一晩出しておけば、乾くと思う…、どうする?兄者と一緒にもう一泊うちにくる?」

 兄者とシロは頷いた。主さまもちかちかと光を点滅させた。


 また緋月の家に身を寄せた三体は海のものと山のものを食べ、少しお神酒を飲んで上機嫌になり、踊ったりしゃべったりしていた。

 シロの兄となる、もう一頭の子狐は、リビングにも浸食しつつある緋月の作品を見てつぶやいた。

「仏像を作るのか?」

「依頼があれば、作ることもするし、修理も請け負うよ」

「日本画も描くのか?」

「むしろ、こっちの方が本職かな、売れないんだけどね」
 頭をかく。

 今夜は緋月も彼らにつきあって、晩酌をした。

「俺はね、芸術に携わるのが楽しくて、好きなんだ、作ると皆喜んでくれる。だけど、それは収入にはつながらないんだ。器用貧乏って、言葉知ってる?俺の場合まさしくそうなんだって、仏像も日本画も作れるし、描ける。そこそこうまい、でもその後、感動するとかお金出して買いたいとか、俺の仏像じゃなくちゃダメなんだってことがないらしいな」

 三人はちびちびとお猪口で日本酒を飲む緋月を見た。

「下手くそでも、心揺さぶるような絵を描く人がいる。美大とか卒業していない、本能で描いてる。その人は神様に愛されていて、人々は争って彼の絵を買う。俺にはそれがない。どこかの商店やオフィスに飾られている写真付きのカレンダーと同じ。きれいな絵面であったことは覚えていても、その内容なんて、月が替わって取り外されてしまったら忘れられてしまう」

「おぬしの絵も仏像も悪くはない、と主さまは言うとるぞ」

 シロの兄は光る玉を見ながら言った。

「少なくとも、多くの人を楽しませている、それは大切」

 シロもうんと頷いた。

 緋月はスケッチブックを取り出し、シロの兄とシロに見せた。

「おおおう、うまい……」

シロの兄が乗り出して言った。

「俺も描いてくれ」

ラフに描いてあげると喜んで、欲しいと言ったのでくれてやった。

(楽しんでくれれば、お代はいいんだよな。だけど、お金はないと生活はしていけないし、人並みの暮らしができないんだよなあ)

 頬杖をついてぼんやり緋月は考えた。


 翌日、緋月は子狐達と主さまを伴って、祠に行った。

 祠をいたずらされたことを、祠を作った主も気がついたらしく、ほこらのまわりが急ごしらえの柵で覆われていた。

「ちゃんと考えてくれたみたいだよ」

 このご時世に分祀をして祭るくらいだから、信心の厚い人なのだろう。

「さあ、お帰り」

 緋月が心の中で話すと、子狐と主たちはふわふわと宙に浮きながら戻っていった。

「また来るよ」
 緋月はそう言い残し戻っていった。


 その夜のことだった。

「私のことは覚えているかね?緋月君」

 懐かしい人から電話があった。緋月が小野田ホールディングスの秘書課にいた時の秘書室長、友田という上司からだった。彼はまだここにいて、今年定年を迎えるようだ。

「覚えていますとも、室長」

「今でも日本画家かね?」

「はい、いつでも受けますよ」

 友田は昔とかわらぬ声で緋月に向かっていった。

「総帥がよく使う新宿の神楽坂の料亭の改装祝いに日本画を送りたいとのことだ。お前に白い虎1点と、白鷺を1点描いてほしいとのことだ。納期が守れるんだったら、君に描いてほしいとのことだ」

「喜んで」

 その即答に友田は喜んだようだった。

「近いうちに指示書と見積もりを送るから見てくれよな」

「了解しました」

 緋月はぐっと両手を握りしめた。久しぶりの日本画の仕事。しかも自分が売り込んだのではなく先方からの依頼。

 そういえば、稲荷神社は商売の神様だったな、と気がついた。
 子狐達を助けたご利益が出たのかなとも思った。

「そんなにお礼しなくてもいいのにな」

 といいつつ、スケッチブックを手にとり、緋月は白鷺のスケッチを始めるのだった。

                            (終わり)
 作業用BGM
「ジプシークイーン」中森明菜
「Boys and Girls」サディスティックミカバンド
「NERVOUS」TMNetwork

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