【短編小説】オアシスの王子ラシュと砂漠の魔導士アズィール

「ラシュ、今日は新しい家庭教師が来るから、ちゃんとした格好をするのよ」
母親はやや不機嫌そうに言うと、ラグの上に置かれたシルクのクッションに座った。
ラシュの母親はこの国の王の四番目の后、ラシュはこの国の十四番目の王子だ。今年十二になる。
仕えている女性が持ってきた白いシルクに金の刺繍の入った服を着て、ラシュは鏡に自分を写し確かめた。
金色に近い明るめの茶色の髪の毛、同じ茶色の瞳。まだ成長途中の小さな細い体。
「父王様は本当に何考えているのかしら、家庭教師に年寄りの元大魔導士なんて、ぼけて今では使うことのない変な古代魔法とか教えられたりしては困るわ」
兄弟たちがたくさんいるから、国にいる優秀な家庭教師たちは奪い合いで、ラシュにあてがわれた家庭教師はこの国のかつては祖父と共に戦場に行き戦い、父の魔法の教師でもあった元大魔導士だった年寄りの男だった。
「それに魔導士村の一族だし…」
魔導士村とは、ラシュのいる城から離れた砂漠の中にぽつんとある村で、昔から、占いや呪術、魔法を生業とする一族が暮らす村だ。
王族や国民に尊敬されながらも忌み嫌われる一族で、彼らは国の法によって、街中を歩く時や城内を歩く時には、黒いヴェールですっぽりと体を覆うことを命ぜられていた。この一族の人間は美しく、蠱惑的な女性魔導士が多いため、彼女たちにまどわされないようにする為とも言われているが、男性もこのヴェールを被せられていた。視線だけで呪術をかけ、人を惑わす強い力を持っているからともされている。

仕えている女が、母親に耳打ちすると、彼女は小さく「入ってもらって」と言った。
まもなく扉が開き、執事に伴われ、黒いヴェールをすっぽりと被った男性が入ってきた。
ラシュは時々、城の廊下ですれ違う彼ら一族は見たことがあったが、これだけ間近で見たのは初めてだった。
「ヴェールを外してもかまわなくてよ」
后の命令に従って男は漆黒のヴェールを脱ぐ。
「まあ……」
后とラシュは驚いた。白髪のしわしわの老人が現れると思ったら、現れたのは若い男だった。
ラシュが首から提げているペンダントの石のラピスラズリと同じ色の深い青い瞳、日光を知らないようなきめの細やかな白い肌、漆黒のまっすぐな長い髪。
ヴェールの中から姿を現した男は端正な顔を后に向けた。
「先代の王様と、現在の王様には大変お世話になりました。今回もこのような老いぼれに声をかけていただけるとは光栄です、アズィールと申します」
「若いのね…」
后は一瞬顔を赤らめたのを恥じて言った。
「いいえ、術で外見の老化を遅らせているだけで、全くの老いぼれでございます」
アズィールは頭をさげて、この国の風習にそったお辞儀をした。
母親の后の機嫌は直ったようだった。
その日から、このアズィールという名の青年魔導士との授業が始まった。

砂人形サハル
この見た目が若い青年である元大魔導士の家庭教師から教わる科目は、古代語と、魔法と、歴史と、戦術、それ以外は別の家庭教師が教えることとなっていた。
ラシュは、見た目が若くてもアズィールはやはり年をとった元大魔導士だったとよく理解することになる。
アズィールは歴史と古代語が得意で、ラシュや、彼の父王が生まれる前の昔のことを、まるで今見たばかりのように鮮やかに話す。それはその時の空気を直に知っている者ではないと語れない話し方だった。
そして、いつも眠たそうな瞳をしていて、ラシュに時々、自習をさせては、その間、こっくりと居眠りをしていた。
おととし亡くなった、先代の王だった祖父が、晩年がそのような行動をしていたので、すぐにわかった。
でも、そんなアズィールだったが、ラシュは彼を気に入っていた。
大人しくて、激しくふるまうのが苦手なラシュに合わせるように会話をし、荒々しくしたり、厳しくすることがない。以前、一時だけいた家庭教師に軍人あがりの男がいて、ラシュは苦手で、ずいぶん泣かされたことがあったからだ。
アズィールは長い時間生きて、色んなことを見てきたせいなのか、瞬時にラシュの性格を見抜いて、彼に合わせた勉強法をしてくれた。
今日のアズィールは村から助手を連れてきていた。
「今日は魔法と戦術の混合授業です」
黒いヴェールを脱ぎながらアズィールは言う。興味しんしんで、彼の隣に立つ、小さな黒いヴェールをかぶった助手に視線を注いでいるラシュを見ると、彼は微笑んだ。

「今日は助手を連れてきました、サハル、もうヴェールを外していいですよ」
ざばっ
褐色の小さな細い腕が中から現れ、荒く黒い布をはがした。
「サハルです。私の助手の砂人形です」
11歳くらい、ラシュよりやや低い背丈の少年で、褐色の肌、灰色の髪、肌の色と同じ瞳、荒く縫われた貫頭衣を腰ひもで結んでいた。素足にサンダルをはいていて、足首には革ひもに素朴な天然石の大粒のビーズが通されたアンクレットをしていた。
その少年をみてラシュは驚いた。
サハルと呼ばれた砂人形の頭には猫の耳のような三角の髪の毛の塊が左右にあり、お尻からはスナネコのようなりっぱな尻尾が生えていた。
そして人形と言われているのに、動いて、大きな瞳をラシュに向けていた。
「動く……人形?」
アズィールは頷く。
「これは、私が砂漠の砂と、スナネコの背骨を使って魔法をかけて作った動く砂人形です。人間のように動きますが、意志や感情はありません」
サハルは何も話さない。
「先週、雷と風と水の三種の初級の攻撃魔法を教えましたね。今日はそれを使って、このサハルと戦ってもらいます」
「え……、でも初級魔法でも、本番の戦い以外では人間に対して使ってはいけないと…」
「サハルは人間ではありませんよ」
「ああ…そうか……」
ラシュは頷いた。
「では本番に近い状態でやりましょうね、サハルはあなたの命を狙うアサシンです。ラシュ様は武器が間に合わなかったので、魔法で戦います」
アズィールはサハルに木製の模造ナイフを握らせた。先がつぶされて切りつけても怪我をすることはない模造ナイフだが、それでも突かれたら痛い。
「ラシュ様、サハルはあなたを襲います、うまく回避して、魔法で彼を制してください」
アズィールはぽんと手を叩くと、それを合図に砂人形はナイフを構えてラシュに襲いかかってきた。
ラシュは急いで避ける。
魔法初級者用の調整なのか、心なしか、砂人形はやや遅く振り返り、ラシュを見つけると再び向かってきた。
「ラシュ様、魔法で対抗するのです」
ラシュは静止させようと雷系の呪文を唱える、サハルの体に稲妻が走った。
サハルは止まらない。アズィールの体をつかもうと手を伸ばす。
ラシュは今度は水の魔法をかける。水の魔法がサハルの顔にかかり、彼は目を閉じた。
「今です」
アズィールの声が聞こえてきた。
ラシュは今度は風の魔法をかけた。風がかまいたちのようになり、サハルの頬を斬った。
その時だった。
「あ………」
意志も感情もないと言われていたサハルが痛そうな顔をしたのだ。
「ひるんではいけません……」
攻撃魔法の次の手を出すのをやめようとしたラシュにアズィールは冷静に言った。
「砂人形の演技ですよ」
ラシュははっとした。
その瞬間、サハルのナイフの先がラシュの服の上をつっとかすった。
「危ない、本物のナイフでしたら傷になっていましたよ」
アズィールは叫んだ。
サハルはすぐに振り向き、また木製のナイフをラシュに向けてきた。
「王子、今、魔法を放つのです」
ラシュは念じると、風の魔法を放った。

風のかまいたちの魔法は空気の剣となり、サハルの体を斜めに切った。
「アアアア」
かすかに、サハルは叫ぶと、ぼんと鈍い音がして、彼の体は分解した。
「…あああ」
ラシュの目の前でサハルは砂の塊と動物の骨になって床に散った。
「お見事です……」
アズィールはラシュを褒めた。
「敵は散りました。今のタイミングを忘れないでくださいね」
褒めてはいたものの、ラシュの瞳を見ていなかった。彼が見ていたものは砂に戻ったサハルだったものだった。
「見事に散りましたね」
少し悲しそうな顔をして、アズィールは隅にかけられていた自分の黒いヴェールを持ってくると床に敷いて、自分の道具入れから羽根ぼうきを取り出すと、丁寧に砂を集めはじめた。
「砂…は……」
ラシュが尋ねると、はじめて顔をあげ、アズィールは微笑んだ。
「また集めて、魔法をかけると、サハルがよみがえるんですよ、砂人形ですから……」
床にちらばった砂を羽根ぼうきではき、ヴェールの中に集め、そして、最後にスナネコの小さな背骨を入れた。
かるくアズィールが呪文を唱えると、砂はつむじ風に弄ばれたかのようにくるくると周り、人間の形になった。
ラシュが覗き込むと、ヴェールの上に現れた砂人形は、先ほど彼と戦っていた猫のしっぽを持った少年の姿はしていなかった。
「どうして?」

新たな砂人形は、前のサハルより小さく、痩せていて、髪が長い少女のような形をしていた。面影が残っているのは、髪の毛と瞳の色と肌の色、そして猫の耳と尻尾だった。
「サハルなの?」
アズィールはこれ以上もない笑顔をして新しいサハルを抱きしめた。
「ええ、そうですよ、でも、少しかき集めた砂の量が少なかったのでしょうね、少し小さなサハルができてしまいました、でも、これはこれでかわいいですね…」
少女のようなサハルはアズィールに抱きしめられて、母にあやされた赤ん坊のような無垢なほほえみをした。
「私は魔法使いですが、少し不器用なので、毎回同じ砂とスナネコの骨で砂人形を作ったつもりでも、いつも違う顔や体型のものができてしまいます。今回は砂が少なくなってしまったせいで、ちいさな女の子ができましたね」
感情がないはずの砂人形はラシュにも笑顔を見せた。
ラシュは不思議そうに言った。
「いままで、何人のサハルを作ったの?アズィール」
ラシュが聞くと、魔導士は砂人形を床に降ろし、黒いヴェールを回収した。
「数えきれないほど………」
穏やかに言った。
「覚えてる?」
「ええ、覚えていますよ。剣術が得意なサハルだったり、本を読んであげると喜ぶサハルだったり、愛してしまいそうなほど美少女なサハルだったり……でも、皆、大きな衝撃を受けるとあっという間に砂に戻ってしまいま
した…砂…それが彼らの本当の姿ですからね……」
アズィールは新しいサハルの両足につけているアンクレットを見るようにラシュに言った。
「これは歴代のサハルに受け継がれているアクセサリーです。私が作りました。すこしでも長く衝撃に耐え、砂人形の体を保てるようおまじないです……それでも皆、砂にもどりましたけどね…」
アズィールが少し寂しそうな顔をしたのをラシュは気が付いてしまった。
翌日、ラシュの元に久しぶりに父王が訪れた。四番目の后であるラシュの母親と三人で食事をした。
その時に家庭教師の魔導士のアズィールの話になった。
父王が子供の時にも彼は家庭教師をしていて、今とそれほど変わらない若い姿をしていたという。
「あの魔導士はその魔力が強いうえに不老不死のようになってしまった。妻と子供がいたが、はるか昔に亡くなってしまったらしい。新しい妻をめとっても、生きていく時間を共有できないから、家族を持つことをやめてしまい、歳をとらない砂人形を作り、一緒に生活をしているのだよ」
その時ラシュは謎が解けた気がした。
アズィールがただの砂人形といいながら、名前をつけ、まるで自分の子供のように愛し気に接している謎が…。
次の日、ラシュの元に魔導士のアズィールは一人で現れた。
「砂人形のサハルは?」
と尋ねたところ、アズィールは表情をかえずに「家で食事を作っている」と言った。
砂人形と暮らす、不思議な魔導士、その彼の奇妙な性格をラシュはこれから知ることとなる。
おわり
(4885文字)

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