産毛ぐらいの距離感。
ホームドラマを見られなくなってしまった。
それも自分と近い状況の家族関係を描いた話が見られない。
小説なら読めるのに、ドラマになると見られない。
世の中には、優れたホームドラマがたくさんあるのに、もったいないことだ。
ホームドラマを作ってる方にしたら心外であろう。
私たちのような、家族の共感を狙って家族モノを作ってるのに、そのターゲットにドンピシャな私に見られないのだ。
なんでなのか。
それは、「自分と似た状況が、恥ずかしい」からだ。
例えば、新婚初期は新婚のドラマ見られなかったし、子供が小さい今は子供が小さい今を描いたドラマが見られない。
じゃあなんなら見られるのかというと「高校生同士の甘酸っぱい胸キュン物語」「アクション映画」「ファンタジー」「ミステリー」…
高校生の時は、「高校生同士の甘酸っぱい話」多分見られなかったけど、今は高校生なんて大昔なんで、私にとってファンタジーだ。
ホームドラマも、おばあちゃんになったら見られるかもしれない。その時は、孫がいるドラマが恥ずかしくなるだろうか。
ちょっと自分とかけ離れた話であれば、なんとなく見られる。自分と近すぎると、恥ずかしい。どこかに隠れたくなる。特に一緒に見ている人に「今のあなたと似てるね」と言われたら、もうたまらなくなる。
なんでこんな恥ずかしいのか。
あまりにも自分と同じすぎると、心の中を見透かされているような気がするからだろうか。架空のくせに現実に迫ってきて、「ああっ」てなるからだろうか。小説なら想像力をとどまらせることができるが、ドラマは目の前に迫ってくるからだろうか。
これは、自分の体のあるところを触られて「くすぐったい!」ってなるのと似てる。ちなみに私は背中の上部3分の1、背骨の右くらいにくすぐったいポイントがあるけど誰もツンツンしないでほしい。ヒヤってなるから。
あと、顔の産毛を剃った後に触ると「ソワソワ」する。肌の感覚が鋭敏になったような気がする。あれは結構くすぐったい。今までは産毛が感覚の鋭敏さを抑えててくれたのだということがわかる。
そう、それだ。現実と架空。架空があんまり現実を撫でてくると、こっちはソワソワしてしまう。「ああっ」ってなってしまう。
架空と現実。
そこには産毛ぐらいの距離感があった方がいいのかもしれない。
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