未使用のトゥーシューズ|ショートショート
骨董屋に、男がトゥーシューズを持ち込んだ。
店主が調べると、靴裏にこの国の言葉で「ときめき」と縫ってある。
「未使用です。お納めください」
店主は眉を上げて男の方を気遣わしげに見た。
男は首を振った。
「持ち主は無事です」
男は、とつとつと、しかし話したくてたまらなかったかのように、語った。
男にはアンナという娘がいる。ある時、市場でこの「ときめき」トゥーシューズを見つけたアンナは、目を輝かせた。滅多に自己主張をしない彼女が「欲しい」と言ったので、男は喜んで買い与えた。
その靴は彼女には大きすぎたので、まだ履くことはできなかった。しかし彼女はバレエを習いはじめた。彼女は素直で飲み込みが早く、次第に上達していった。いつか「ときめき」トゥーシューズで踊るという夢ができた。
問題は体型だった。一般的には健康的な体つきである彼女は、バレエの講師から太りすぎていると指摘された。彼女は次第に食事を減らしていった。
痩せ細っていった彼女の目からは、光が消えた。
そんな様子を、男は見ていられなくなった。
男は、バレエをやめるよう、アンナに言った。
彼女は、続けたいと泣いたので、罪悪感を覚えた。
しかし、この「ときめき」トゥーシューズを売ることを決断したのだった。
「正直、わからんのです。売ることが、正しいのかどうか」
男は頭を掻いた。
店主は、トゥーシューズの文字に目を落としたまま、言った。
「いいご決断をなさいましたね」
「え……」
「我が国では"ときめき”と訳されます……しかし、この靴の生産国で、この言葉の意味は、”呪い"です」
(了)650文字
あとがき
読んでいただきありがとうございました。
今週も、田原にかさんの「 #毎週ショートショートnote 」企画に参加させていただきました。田原さん、運営いつもありがとうございます。
今回のお題は「 #ときめきトゥーシューズ 」。
靴、からヘミングウェイの有名な「英語6単語の小説」である「売ります 赤ん坊の靴。未使用」を連想しました。
Wikipediaに詳細が書いてありますが、意味がわかると悲しい話です。
靴を未使用で売る時もどうか無事であってほしいと思って、この話を考えました。
また、お気づきいただいた方がいたら嬉しいのですが、海外文学感を出すために、直訳気味の翻訳文体にしています(これは種明かしすべきだったかどうか……)
引き続き読んでいただけると嬉しいです。
何卒宜しくお願いいたします。
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