憧れの先輩と魔法対決したはなし
実家に来ると、思い出さなくてもいいことまで思い出してしまう。
中学生の時、吹奏楽部に入っていた。
我が母校の部活はほとんどが運動部で、運動苦手民が入れる部活といえば吹奏楽部しかなかった。毎年平均10人〜15人ぐらいの新入生が入るため、30人〜40人ぐらいの部員がいた。
女子校のような雰囲気で、男子はごく少数だった。
そのうち1人の男子が、今回の主役である私の先輩だ。
吹奏楽部で華やかなのは、クラリネット、フルート、トランペット、サックスあたりで、その辺は吹奏楽をやってなくてもよく知られている。少し詳しければ、トロンボーンやチューバ、ホルン、オーボエ、打楽器だとティンパニーまで知られているだろう。その中でも、知名度が最後に取り残された楽器、それが、ユーフォニアムだ。
音程も知名度も低いユーフォニアムを担当していたのが、私と先輩の二人だった。
二人きりでユーフォニアムのパート練習をすることはほとんどなかったと覚えている。低音パートとしてチューバやトロンボーン、サックスと合同練習をしていた。
それでも、中学生のことだ。私と先輩は二人セットで見られて、そのうちに色々と妄想されるようになった。ちょっとした挙動が先輩への好意ゆえとされていく。「みゆちゃんが先輩のことを好き」という構図が生まれてきた。
それがすごい嫌だった。
嘘。
とても楽しかった。
楽器が上手くなく、演奏技術で目立てない私は、どんな形でも認識してくれてうれしかった。私自身、少女漫画が好きだったというのもある。冗談で、先輩とのことをうれしげに話したりしていた。
そんな先輩のことを思い出すと周りに黒い霧がかかる。黒縁の眼鏡が、紺色のブレザーを漆黒のように引き立てていた。おそらく何匹かのカラスが先輩の周りを飛んでいて、まさに歩く闇だった。
そんな先輩は、周りに言われる前から、憧れだった。
物静かで自分のことをほとんど語らない人は、今まで同年代の男の子で会ったことがなかった。楽器の教え方も的確で、1つしか変わらないとは思えないほど、人生を達観しているように見えた。
先輩のことをもっと知りたい。
その思いを募らせていった。
大人なら憧れの先輩に近づく方法は色々あるだろう。飲みに誘うことだってできるし、SNSを捕捉(?)したりもできる。でも去年小学校を卒業したばかりの私の手段は一つしかない。
それは、「おまじない」だ。
小学生の頃なら消しゴムに好きな人の名前を書いたり、お風呂の壁に自分と相手の名前を書いたりなど誰もが通った道なのではないかと思う。しかし、私はその「おまじない」の効力を人一倍信じていた。
正式なタイトル名は忘れてしまったが、私は「恋・勉強・人間関係に効く!中学生のためのおまじない」的な本を持っていた。その中には、それぞれの悩みに合わせて、真言宗に基づいたマントラ(=呪文)がカタカナで書かれていた。この呪文を覚えて毎日唱えると成就するらしい。「おまじない」というより「まじない」だ。
テスト前には、「テストで100点が取れる呪文」「実力以上のチカラが発揮できる呪文」を覚えて毎日唱えており、それを得意げに友達に自慢していた。そんなことに時間を割くぐらいなら1分でも多く勉強したほうがいいと気づくのは、ずっと後のことだった。
恋愛に関するものは特に多くのページが割かれていた。
「好きな人が振り向いてくれる呪文」
「相手も自分のことが好きだと思ってくれる呪文」
「恋」と呼ぶにはまだピンとこない。まだ土の中にいる。でも、周りにはやし立てられ、少しだけ芽が出てもいいかな、と思える感情を毎日家に持ち帰っていた私は、この呪文を覚えて、唱えた。
「〇〇 〇〇〇 〇〇 ソワカ」
(伏せ字なのは覚えてないから)
先輩の下の名前を呪文に入れる必要があった時、誰も聞いていないのに声をひそめた。なんだか、悪いことをしているような気持ちにもなった。
そんなある日、事件が起こった。
「みゆちゃんと先輩は、付き合っているの?」
ある部員が、私の目の前で直接先輩に尋ねたのだ。
すると、物静かな先輩の顔がみるみる赤くなった。
「そんなことあるわけないだろ!? 誰だそんなこと言った奴!」
先輩の声は、今までにない怒気を孕んでいた。
今なら、突然変なことを言われた衝撃への反発とか、誤解されたことへの強めの否定だとか、中学2年生だった先輩への感情の機微を色々と読み取ることができただろう。しかし、当時の私はただただショックだった。そんなに怒って否定するほど、私のことが嫌なんだ。噂になって浮かれていたのは、私の方だけだった。こっそりマントラを唱えていたことも恥ずかしくなって、泣きたくなった。
さらに悪いことに、この後、ユーフォニアムのパート練習だった。
この状態の先輩と二人。気まずいことこの上ない。
お互い黙ったまま、どこかぎこちなく楽器を吹いていると、先輩が口を開いた。
「僕に近づかない方がいいですよ」
告白すらしていないのに、まだ明確に好きにもなってないのに、振られた気分だった。何も言えずにいると、先輩が重々しく続けた。
「僕は……黒魔術の使い手なんです」
「え……?」
それから先輩は自分の黒魔術について語りはじめた。先輩は昨年、バレンタインに贈り物をした女子のことを鬱陶しく思い、お返しのお菓子に黒魔術をかけたところ、その女子は全治1週間の怪我をしてしまったとのこと。その出来事をきっかけにますます黒魔術への関心が湧き、人を呪うことができるレベルにまで到達したのだそうだ。
そういえば先輩は料理上手としても有名で、時々クッキーや桃のババロアなど本格的なお菓子を部員全員に差し入れしていることもあった。
私はにわかに恐ろしくなった。
「私には…….かけてませんよね……?」
先輩は口の端をあげて微笑んだ。
「フフフ……どうでしょうね」
その後、先輩は私など見向きもしないことが明らかになった。なぜなら、先輩は当時人気の絶頂だったあるアイドルの大ファン、というより今でいう「ガチ恋勢」だったからだ。家にはアイドルのフィギュアや抱き枕などが所狭しと並べられているらしい。
先輩への憧れはだんだんと消失し、その代わりアイドルがTVに出るたびに報告するようになった。
「今日〇〇ちゃん出てましたよ」
「もちろん知ってます」
そうして、別れを惜しむこともなく私は転校、先輩は卒業した。それでも、アイドルのことはずっと目で追ってしまった。数年後、アイドルが結婚したと聞いた時は、「先輩、ショック受けてるかなあ」とちらりと思ったりした。
しかし、その数年後。
アイドルに事件が起こった。
詳しくは言えないけれども、彼女は、とんでもないスキャンダルにより、離婚してしまったのだ。
先輩……!
まさか……!
黒魔術使ってませんよね……!?
まさか。アイドルは離婚したけれども、現在はネットで調べる限り幸せそうだ。あの時言ってた全治1週間の怪我の女の子だって、偶然に違いない。
中学2年生の先輩は、まさに中2病だった。私は中2病の先輩に、本気で憧れてしまったのだ。そして、人のことも言えない。私が唱えていた呪文だって中2病だろう。そんなおまじない、まやかしである。
久しぶりに地元を訪れて、急にそんな思い出が蘇ってきた。
先輩の下の名前も呪文に入れて唱えていたから、容易に思い出せる。
「好きな人が振り向いてくれる呪文」
「相手も自分のことが好きだと思ってくれる呪文」
え……?
先輩の下の名前……
夫の名前と同じやないかい!
……憧れの先輩との魔法対決。
結果は、引き分けだったようだ。
(了)
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