人事部付 真田雪乃の議事録<番外編:マウントレーニアの贈り主>(第一章読了なら読めます)
<あらすじ>
賃貸仲介管理事業を主力事業とする、シロヤマ・コーポレーションの南花営業所に事務職として勤務する丸田茉莉也。ある朝、営業職の門倉がコーヒー飲料、マウントレーニアを一人一人に配っているのを見る。無愛想な営業マンである門倉が差し入れをすることは珍しく、茉莉也はついその光景を追っていると、どうやら一人一人に合わせたマウントレーニアを配っているらしい…。
<登場人物>
丸田茉莉也:今回の話の主人公。南花営業所の事務職。
門倉朔人:南花営業所、賃貸物件の仲介営業。
黒木仁:南花営業所で賃貸物件のオーナー向け営業。
水嶋あおい:南花営業所、賃貸物件の仲介営業。4歳の子供がいる。
森川若菜:南花営業所、賃貸物件の仲介営業。1歳の子供がいる。
島崎所長:南花営業所の所長。
真田雪乃:シロヤマ・コーポレーションの本社勤務。門倉となんかある?
<人事部付 真田雪乃の議事録>
本編はこちら
https://note.com/lovely_ixia636/m/m209f325b7a4b
第一話はこちら
https://note.com/lovely_ixia636/n/n3fa01090ea99?magazine_key=m209f325b7a4b
番外編:マウントレーニアの贈り主
「へぇ…門倉が差し入れなんて、どういう風の吹き回し?」
「…別に普通っすよ」
島崎所長のからかい気味の口調に門倉さんがいつものぶっきらぼうさで答える。確かに、門倉さんが何かを配るなんてあまり見ない光景だと、茉莉也は思った。
門倉さんが紙袋から所長に手渡しているのはコンビニでよく売っているカップの飲み物、マウントレーニアだ。所長に手渡す前、一瞬何かを確かめているのが見えた。
「お、マウントレーニアじゃん、この味好きなんだ。甘くなくて、すっきり飲めていいよな」
青いパッケージのカップを手渡された所長は黒縁眼鏡の奥を細めた。
「それはなにより…っす」門倉さんは軽く会釈をした。

今日は、新卒の子たちが二人ともシフト休みだ。一方で水嶋さんや森川さん、黒木さんも出社していて、なんだか昔の南花営業所を思わせて懐かしい気分になる。しかし、昔の南花営業所は今とは違い、もっと緊張感がある雰囲気だ。門倉さんどころか、誰かが差し入れをするなんてあり得ない状況だったことを思い出す。差し入れをするにも、差し入れをしやすい空気が必要なのだと、変に納得した。
門倉さんは次に黒木さんの席に向かう。そういえば、門倉さんと黒木さんが話しているのをあまり見たことがない。男性同士、どんな関係性なのだろう。茉莉也は好奇心を覚えて背中合わせの席から聞き耳を立てた。
「これ…俺に?」
黒木さんの声は戸惑いを帯びていた。そうだ。黒木さんは将来カフェを開きたい夢があるほどコーヒーに詳しいではないか。そんな黒木さんにコーヒーを差し入れるなんて、大阪人にたこ焼きを配るほどの宣戦布告ではなのでは…?今すぐ南花営業所でコーヒー大戦争が起こるのでは…?
いてもたってもいられなくなって、茉莉也は黒木さんの方を振り向いた。すると、その光景に目が離せなくなった。門倉さんが、黒木さんに手渡していたのは…

「ああ…なんかこれみたい…っす」
門倉さんが言葉を濁す。「みたい」という言葉が引っかかる。門倉さん自身のチョイスではないのだろうか。そしてなにより、黒木さんはこの女子っぽいチョイスでいいのだろうか…でも、黒木さんは表情を和らげた。
「へぇ…俺好みだ。ありがとう」
(嘘でしょ…!)
茉莉也は思わず心の中で叫んでしまった。黒木さんはいつも砂糖もクリームも入れないブラック派だということをよく知っている。このブラックをフルーティとか、ジューシーとか…茉莉也にはわからない表現で…あらわしているのだ。ブラックとは真逆のいかにも甘ったるい飲み物を「好み」なんて、門倉さんに気を遣ってるのだろうか?
茉莉也は黒木さんと密かに交際していた。水曜日の定休日にはよく黒木さんがイチオシのカフェに連れていってもらう。最近は茉莉也も宅建の勉強をしたいので、カフェではお互い静かに過ごして、時々わからないことを聞いているのだ。黒木さんは休日に今みたいに髪の毛を固めてない、天然パーマなところが、茉莉也だけが知っている秘密のようで、好きなポイントだ。
それでも、仕事をしている時はお互いおくびにも出さない。この狭い営業所で交際しているカップルがいたらやりづらいだろうし、南花営業所はそんな余裕がないくらいものすごく忙しいのだ。
(まあ…黒木さんには、あとでいくらでも聞けるか…)
門倉さんは森川さんと水嶋さんのいる店舗側の席に向かった。二人とも歓喜の声を上げている。二人は、それぞれ小さいお子さんがいて、急な休みをフォローし合いながら仲介営業の仕事を続けていた。
「門倉さんから差し入れなんて…!珍しいけど嬉しいです!」
「たまには気が利くじゃない!門倉くん!」
女性二人の声に気押されて「…あ、よかったら、はい」と急に声が小さくなる。
水嶋さんは、「わあ、期間限定?すごい美味しそう!」と喜んでいる。

「子どもが生まれる前は、よく夫婦で沖縄行ってたなあ」
「そうですよねー子どもいると、なかなか旅行大変ですよね」
「ばあばが顔見せてほしいって…なかなか自分たちの旅行行けなかったり」
「わかります!うちもなんですよ…」
そんな母親二人の会話の途切れ目に門倉さんが「あ…森川さんには、これ」と手渡した。

「わあ!助かる…!今、時々授乳してるから、一応カフェインレスなの」
森川さんが心底安堵した表情をした。
「大変だよね、ミナトもそういえば2歳ぐらいまであげてたな」
「ずっと保育園だから、甘えたいのかもしれないですねえ」
門倉さんは再び始まった母親同士のトークにそそくさと離れていった。
茉莉也は訝しんだ。森川さんがカフェインレスの方がいいということまで知っている。ということは、贈り主が門倉さんではないとして、南花営業所のことをよく知る人物なのではないだろうか…?
すると、門倉さんが茉莉也の席に近づいてくる。その贈り主は、茉莉也にどんなチョイスをしてくるのだろうか…
「丸田さんには…これか」

門倉さんから手渡された時、確信した。茉莉也が「カフェラッテ エスプレッソ」が好きだと言った相手は、会社の中ではただ一人しかいない。その人物にことづけられて、門倉さんは今、一人一人にマウントレーニアを手渡しているのだ。
「ありがとうございます」
門倉さんは以前、1日だけ南花営業所を訪れた茉莉也の同期、真田雪乃のことが気になっていた。茉莉也と雪乃とは同期以上の友達だと感じているが、最近なかなか忙しくてお互いの近況も聞けていない。門倉さんも不器用、雪乃も奥手だとしたら、両思いだったとしても、なかなか距離は縮めにくいだろう、と思っていた。
でも、わかる。きっと門倉さんにマウントレーニアをことづけた贈り主は……真田雪乃だ。
(もう、雪乃ったら気が利くんだから……)
ストローをパチンと刺して吸い込むと、コーヒーの香りが漂ってくる。黒木さんに連れられて休日にあらゆるカフェに行くが、コーヒーはどんなに飲んでも飽きないから不思議だ。吸い込むと、ひんやりと冷たく、苦さと甘さがいい塩梅で入り込んでくる……
……ひんやりと冷たい?
贈り主が雪乃だったとして、いつ、渡されたものなのだろう……?さっき?朝?ということは、朝まで一緒にいた……?一緒にコンビニで選んで……?
奥手な二人だと思っていたけど、もう、既に……?あの二人が……?
あらゆる想像に一気に顔が熱くなった。そんなの、仕事中に考えるべきことではない。全力で首を横に振って、妄想を振り払った。
その時、門倉さんが紙袋の中を見て「あ」と声を上げた。
マウントレーニアを2本、取り出して少し困った表情になっていた。既に今いる人たちには配り終わっているはずだ。


「ふふっ」と思わず吹き出してしまった。きっと、クリーミーラテが門倉さん、抹茶ラテが雪乃用だ。雪乃は、自分の分を買ったのに、紙袋に入れたまま取り忘れたのだ。まったく、天然にもほどがある。
「門倉、今すぐ本社に渡しに行ってもいいぞ?」
見ていた所長が、また、からかい口調になる。
「そんなことしないです、次会った時……あ、いや……なんでもない……す」
門倉さんは語尾を濁してうつむいた。どうやら所長の罠にかかったようだ。
「隠さなくてもいいんだよー?みんな、知ってるんだから」
そう言うと、仲介営業の席からも声が上がる。
「そうですよ、お礼言っといてくださいね」
「近いうちに、会うんだもんね?」
女性二人に言われて、門倉さんが今まで見たことがないくらいたじろいでいた。茉莉也も、気になっていることを小声で聞きたくなった。
「…いつ、渡されたんですか……?」
「……昨日の夜。それから家の冷蔵庫で冷やしてた、あ、一人でな。昨日は家に来てないから…..」
言い訳すればするほど墓穴を掘っていく門倉さんが可笑しくなった。昨日は来てないってことは、来ていることもあるっていうことだ。
茉莉也は、冷んやりとほろ苦いエスプレッソを吸い込みながら、自分のタスクリストを確認し始めるのだった。
*
茉莉也はその日、黒木さんと一緒に帰ることにした。19時ぐらいになってくると、夏でもようやく薄暗くなってくる。南花駅の周りの飲み屋街も、ぼんやりと灯りがついてきたところだ。
茉莉也は、隣を歩く黒木さんに聞いた。
「好みって…ほんとう…?だって黒木さんは……ブラックコーヒー……」
すると、黒木さんは「さては、わかってないな」と言いながらニッと笑った。そして、今朝手渡されたマウントレーニアを取り出して、茉莉也とパッケージを交互に見た。サンリオキャラクター、ポチャッコの耳が上がっている。
「うーむ……やっぱり、似てるなあ……俺の好みだ」
(了)
読んでいただきありがとうございました。
「人事部付 真田雪乃の議事録」の番外編をマウントレーニアと絡めて書いてみました。
書こうと思ったきっかけは、二つ。
◾️彩野リィさん発祥のマウントリィニア劇場。
路地裏でマウントレーニア(マウントリィニア)のインフルエンサーである彩野リィさん(連日お呼び立てして本当にすみません💦)が、その人に合わせたマウントレーニアを紹介していることをしていたことに乗っかりたくなりました。
◾️波さん発祥の「さなゆき」二次創作!
波さんが「さなゆき」二次創作をしてくださいました!嬉しすぎる、その中で茉莉也が「マウントレーニア エスプレッソ」が好き、と言ってたことで自分の中で妄想が広がりました…!二次創作を受けて作者が続きを書くっていう逆輸入状態です。書いてくださって、本当にありがとうございます。
二つとも本田すのうさんの「マスクドnote」をきっかけとして生まれた作品です。マスクドnote、恐るべし…!すのうさん、ありがとうございます!!
もし、番外編から入ってくださって、本編にご興味お持ちいただいたら、ぜひ以下のマガジンから読んでいただいたらと思います。第一章(1話〜10話)を読むだけでも番外編の理解が深まるかと思います。
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