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人事部付 真田雪乃の議事録<1-7 渡る現場は敵ばかり?>

前回までのあらすじ
賃貸仲介管理業を営む「シロヤマ・コーポレーション」の新卒社員・真田雪乃さなだゆきのは、人事部付として議事録作成など、各部署からの依頼をこなしていた。
ある日、南花営業所に配属された同期で親友の丸田茉莉也が、休日出勤を余儀なくされるほどの過重労働に追われていることを知る。
あくまでも「自分の仕事が遅いせい」と頑なな彼女に、雪乃の言葉は届かなかった。
それでも、人事部付として、そして友人として、できることをしたい。
雪乃は、自ら営業所を訪れて、実情を見届けることを決意する。
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第一章 ホワイトな本社 ブラックな営業所

第七話 渡る現場は敵ばかり?

「人事部の真田雪乃さなだゆきのと申します。本日南花なばな営業所で…営業所の様子…を勉強しにお邪魔します…よろしくお願いします」

年明け最初の日曜日、何回も考えた挨拶を言いながらおずおずと頭を下げると、まばらな拍手が上がった。頭を上げて見回すと、茉莉也と目が合う。彼女は少し目を細めて口元を緩めていた。

営業所は本社とは全く雰囲気が異なっていた。

本社ではデスクが何列かに並んでおり、最新の複合機が高い音を立てていた。社長室や応接室などを除き、ほとんどの場所が白く、冷たく光っている。

営業所は「接客スペース」と「バックヤード」に分かれている。営業所の自動ドア手前にある接客スペースは清潔に保たれており、木目調のテーブルの上には小さな花や飴玉の入った白いかごが置いてある。一方で、接客スペースをパーテーションで区切った後方のバックヤードには、年季の入ったデスクが所狭しと並んでいる。複合機も最新というわけではなく、蓋のあたりが黄ばんでいるのが遠目からでも分かった。

また、本社に比べると南花営業所の人員は、年齢層がだいぶ若い印象である。雪乃が上層部ばかりと接しているのも一因だ。実際の年齢を聞いたことはないが、一番若い上杉部長でも40代ぐらい、およそ60歳近くの川端部長まで年齢層が雪乃よりもずっと上だ。

一方、この営業所の人員は、一番年上に見える島崎所長でも、35歳から40歳ぐらいだ。恰幅がよく、ジャケットの真ん中のボタンが外されている。黒縁眼鏡の中の笑っているような目元は、幼い頃に出会った感じのいいお父さんを思わせる。島崎所長は雪乃の挨拶の後、今月の見通しや、繁忙期に向けての心構えのようなことを話していた。

所長の話の間、雪乃は一人一人を観察した。人事部付の業務として各営業所の人員名簿を定期的に作成していたため、名前だけは知っており、顔と一致させるのも比較的たやすかった。

茉莉也の隣で話を聞いているのは、おそらく同じ営業事務の水嶋あおいさんだろう。長い髪を一つにまとめ、水色のカーディガンを着ている。キリッとした顔立ちで、いかにも仕事ができそうだ。3歳の母親と聞いていたが、言われないとそうは見えない。揃えられた左手の薬指に指輪が光るとともに、右手の人差し指にはオレンジ色のゴムの指サックもつけられていた。椅子には濃いピンクのドーナツクッションが敷かれている。

営業所の手前側には仲介営業と思われる2人がいた。一人は女性で、森川若菜さんだ。森川さんは雪乃より少し年上、大体20代後半ぐらいと推測される。全体的に華奢で女性としては高身長、ショートカットの髪型が小顔をさらに際立たせている。黒いジャケットのパンツスーツが床と垂直に立っており、バレエや体操など、柔軟系スポーツ経験がありそうな姿勢の良さだ。

もう一人、ダークグレーのスーツを身にまとっているのが、門倉朔人かどくらさくとさんと言う人らしい。森川さんの姿勢の良さと比較すると、門倉さんは少しばかり右に傾いてる。日焼けした精悍な雰囲気で目が奥まっており、その眼光が雪乃には少々眩しく感じてしまう。なぜかドーベルマンという犬が思い浮かんだ。年齢はよくわからないが、20代後半から30代前半ぐらいに見える。

そしてバックヤードにいる営業の人こそが黒木仁くろきじんさん、と確信した。茉莉也によると、例のクリスマスイブの日は天然パーマだったと聞いていたが、今日は固めた髪がつやっと鈍い光沢を放っており、紺色のスーツも着こなしている。涼しげな目元は、癒しのカフェ店員よりもスマートな営業マンといった印象に映る。落ち着いた顔立ちなので30代に見えるが、本当はもっと若いのかもしれない。

(世界を終わらせるカフェの人…だったっけ…違うっけ…)

島崎所長の話が終わって、我が社のミッション唱和の時間になった。本社でもミッション唱和は行なっているが、営業所では、人数が少ない分誰がちゃんと声を出しているのか、出していないがのか、すぐに分かってしまいそうだ。

「地域密着!お客様に常に選ばれる、シロヤマ・コーポレーション!」
島崎所長に続き、溌剌とした声やくぐもった声、なめらかな声、鈴のような声…が、無造作に束ねられた。
「地域密着!お客様に常に選ばれる、シロヤマ・コーポレーション!」

「部長…南花なばな営業所を見に行きたいんです!行ってもいいですか?」
雪乃が勢い込んでそう言った時、席に座っていた上杉部長は眉毛を上げた。
「それ自体は構わないんだが…どういう目的で行くのか、聞かせてくれる?」上杉部長の穏やかな言葉に、またやってしまった…と思った。
全ての行動には目的が必要、目的を常に意識するように、と何度も言われていたのに。しかし、同期のために行く…という理由も弱い。

「ずっと本社にいるので…やはり営業所の実態を知らないとダメだと思ったんです…」
「どうしてダメなの?」
そう問われて、言葉に詰まってしまった。

(そういえば、なんでダメなんだっけ…)

茉莉也と会話したことや、感じたことを思い出す。そして、必死で言葉を紡いだ。
「そうですね…営業所の人が…本当に働きやすくなるためには、やはり営業所の実態に合わせた働き方を本社で提案していかないと…と思ったんです」

その言葉に、上杉部長は頬を上げて破顔した。
「いいね。行っておいで。実態を知りたいなら、忙しい土日にお邪魔させてもらうといい。代休とっていいからさ」
「代休」という言葉に、どうしてもこっそり休日出勤をする茉莉也の姿が思い浮かんでしまう。

上杉部長が続けた。
「あとね、定量を知ることと、それぞれの話を聞くこと。本社の悪口を言われても怒らないように。それだけ気をつけて、行ってきなさい」

「定量」を知るために雪乃はモレスキンのノート、すなわち「議事録」とペンを準備していた。「議事録」に線を引き、電話の本数や内容を表にしようとしていたのである。

しかし、表を記すことは早々に諦めた。
あまりにも大量の電話が折り重なるように、一度にかかってきたからである。

朝礼が終わるや否や電話が鳴り、1コールもしないうちに茉莉也が受話器を上げた。

「はい、シロヤマ・コーポレーション、南花営業所です…あーはい、確認しますね。」

保留ボタンを押したのか、ピッという音が鳴った。茉莉也は立ち上がり、手前側に歩いて、その営業所の壁に書かれているホワイトボードを一瞥した。そして、近くの受話器を取り、またボタンを押す。

「そのお部屋でしたら、現在、空いております…はいーよろしくお願いしまーす」

そう告げて、受話器を置いた。その途端また電話が鳴ったので、茉莉也は一瞬置いただけの受話器をまた持ち上げた。そしてホワイトボードを見ながら答える。

「このお部屋は…申し込み済みです、602号室であれば…空いております、あ、はい、よろしくお願いします」

茉莉也がその電話に出ている間にも何本か電話の呼び出し音が重なる。森川さんや黒木さん、水嶋さん、門倉さん、島崎所長…全ての人が次々と電話を拾った。

決して茉莉也一人に押し付けられているわけではないものの、最初に茉莉也、その次に水嶋さん、二人が出られなかったら営業メンバー…と順番があるように感じた。

そんな電話ラッシュが20分近くあり、やっと落ち着いたように見えた時、茉莉也の席に近づいてこっそり尋ねた。

「一度は、やっぱりあのボード見に行かないといけない?」
「うん…他の業者さんから申し込み入ったりでリアルタイムで動くから見に行かないといけない。ま、流石に連続で来たら見に行かないときもあるけど…」
「そっか、ありがと」

電話がない、少しの「凪」を邪魔してはならないと思い、雪乃はすぐに茉莉也の席から離れた。


雪乃は、壁一面のホワイトボード全体が見える位置まで移動した。ホワイトボードにはマグネットシートに書かれた物件名が丸っこい手書き文字でずらりと並んでいる。この営業所で管理している物件が一覧になっているのだ。

雪乃は上杉部長が新人研修の時話していたことを思い出した。

シロヤマ・コーポレーションには、「管理会社」と「仲介会社」、2つの機能がある。

管理会社としては、オーナーから預かった管理物件の空室をできる限り早く埋める責任があり、そのために日々空室状況を更新しなければならない。

一方、仲介会社としては、入居希望者の要望に合った物件を提案することが使命だ。自社管理物件だけではなく、他社の管理物件も含めて紹介している。他社の管理物件の空室情報は、ネットで空いていると表示されていても、実際には申込が入っていたり、条件が変更されていたりすることが多い。そのため、常に電話での確認をしなければならない。

それは他社の仲介業者にとっても同じだ。
だからこそ、こうして物件の空き状況を確認する電話が一斉にかかってくるのだ。

座学で習ったことが、営業所の全てと地続きになっているのが、雪乃には新鮮で、もっと知らなければ…と思わせられた。物件名の横に書いてある「ガスメーター」とはなんだろう…と思いながら、ホワイトボードをつぶさに見ていた。


その時だった。
「本社の人。そこに立たれると邪魔なんだけど」
背後から、少し掠れた、焦げついたような声が落ちてきた。


振り返ると、営業の門倉かどくらさんだ。雪乃は慌てて半歩飛び退いたが、「本社の人」と言われたことにムッとした。

「失礼しました、門倉さん…私、真田と申します」
雪乃が1%だけ仕込んだ言葉の棘を、門倉さんは気にも留めないようだ。

「あ、そう。で、本社から今日は何しにきたんだ?」
鋭い眼光を直接向けられて、雪乃は体中がこわばった。

「…営業所の働き方のお役に立てるように…見学させて…いただいてます」
唇を震わせながら。やっとの思いで口に出した、門倉さんはしかし、「そう」と興味がなさそうな返事をした。

「前も"業務効率化"とか言う人に本社から一日張り付かれたが、結局こっちには何の変化もなかった」
「す…すみません…」

雪乃には「業務効率化」の件が誰のことかは分からなかった。しかし、以前試みたことがあったのだろう。「本社の人」として来た以上は謝らないといけないような気がした。

「俺は本社の人間は信用してない。営業所の実態も知らない、机上の空論があまりにも多すぎる。頼むから余計なことしないでくれよ」
門倉さんの眼光は相変わらず鋭く、その口調は怒っているようにも、どこか投げやりで諦めているようにも感じられた。雪乃は返事ができなくなった。

すると、二つの電話が同時に鳴り響いた。即座に茉莉也が受話器を上げる。

しかし、もう一方の電話が鳴り止まないままだ。


門倉さんが、受話器を手で促した。
「ほら、本社の真田さん。役に立ちたいなら電話ぐらい出てくれよ」


雪乃は息を呑んだ。
営業所の電話に出たことはない。しかし門倉さんがけしかけてくるし、他に電話を取れそうな人もいない。

一瞬の間をおいて受話器を上げた。

「はい…シロヤマ・コーポレーション、南花営業所の真田でございます」
先ほど茉莉也が言っていたのを真似して受けた。すると、受話器の向こうからくぐもった男性の声がする。
「あー…アカギハウジングですけどね。メゾン・ド・ナナセの503号室って空いてますかー?」
「メゾン・ド・ナナセですね…少々お待ちください」

震える指で保留ボタンを押して、探し始める。なにしろホワイトボードいっぱいに管理物件が書いてあるのでどこにあるのか見当もつかない。ずっと保留にしてしまっては相手にも申し訳ないだろう、焦りが募る。丸っこい手書き文字が目の前でバラバラになり、探せば探すほど逃げてしまう。

あまりそうしたくはないが…目の前の門倉さんに教えてもらうしかない。


「か…門倉さん…メゾン・ド・ナナセって…」
雪乃がそう言おうとするのを、門倉さんは遮った。
「ボードに書いてあるだろ。自分で探して」
「でも、ずっと保留に…!お電話待たせてるんです!」
思わず声が荒くなった。焦るとますます文字が浮いて見え、何がどこに書いてあるのか分からなくなってしまう。

その時、背後から溌剌としたよく通る声がした。
もう一人の営業、森川若菜さんだ。

「メゾン・ド・ナナセ503号室、空いてるよ!」
ありがとうございます、と言い、雪乃は保留を解除した。
「お待たせしました、空いております。」と受話器の向こうに告げる。
「あーわかりました、ちなみに鍵は…?」
「か…鍵ですか…?お待ちください」

保留ボタンを押そうとすると、また森川さんが後ろから声をかける。
「あー鍵はね、物件名の隣に書いてある、ガスメーターの6784って言えば、伝わるから」

まるで呪文のようで、雪乃にはなんのことかわからなかったが、そのまま
「ガスメーターの…6784です」と告げた。
「あ、そうですかー!わかりましたーありがとうございまーす!がんばりまーす!」
電話の向こうの男性は、早口になり、その後ガチャリと電話を切る音がした。

「森川さん…助かりまし…」
森川さんを振り返ると、ものすごい剣幕でこちらを睨みつけていた。

第八話に続く)

#創作大賞2025 #お仕事小説部門






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