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【ピリカグランプリ】結果が出る前に創作の経緯を振り返る

10月9日で締め切られた、秋ピリカグランプリ。
結果発表の11月2日まであと3週間近くある。

結果が出る前に、創作の経緯を振り返ることに、意味はあるのだろうか。
読者は、私が作った物語創作の経緯を、読みたいと思うだろうか?

賞も取ったことのない創作初心者の私が作った物語。

…読者がどう考えるかはともかく、少なくとも意味はある。
そう、私は考える。

いや、むしろ、振り返るなら結果が出る前がいい。
結果が出てからだと、結果に左右される。

賞が取れなかったら、どこかで自己否定してしまうかもしれない。
賞をいただけたら、どこかで「結果論」になるかもしれない。

賞が取れるかどうか関係なく、「物語を作る」という純粋な行為において振り返りたい。

物語を作るのは、人間にしかできない、尊い行為だ。
誰かから評価されるよりも、作ることそれ自体において、尊いと思う。

結果はシュレイディンガーの猫のように箱の中に入れておいて、
知らないままの仏のままで、
宙ぶらりんの状態で、

「今」こそが、作品創作の経緯を振り返る時なのだ。


私が応募した作品「言葉の港」

私は、秋ピリカに初参加で、下記の作品を応募した。

6日間で100近いスキをいただくのは初めてで、改めてピリカグランプリの影響力を知った。

コメント欄の優しい言葉たち。
私は一生忘れない。
創作に自信をなくしたら、このコメント欄を見に行こうと思う。

「秋ピリカグランプリ」応募の経緯

そもそもなぜ私は、「秋ピリカ」に参加しようと思ったのか。

フォローしている方、何人かから「秋ピリカ」という言葉を聞くようになった、9月後半。

私は、7月にnote活動を始めていたので、ピリカ自体を初めて聞いた。
その時は、自分にあまり関係のないことかもしれないと思っていた。

ただ、とある方が、かなり情熱を持っていらっしゃっていたので、
詳しく調べてみたところ、どうやらコンテストらしい、と知った。

コンテスト。
創作活動において活躍されている方も参加するnoteのコンテストだそうだ。

そんな猛者たちが集まるコンテストに、創作初心者の私が出て、
場違いではないのか。

私が、応募を決めたのは、主催者、ピリカさんのこの言葉だった。

はじめての方は、今までのあなたの集大成を。
経験者の方は、去年のあなたとの違いを。

創れ、悩め!秋ピリカグランプリ!!/(主催者のピリカさん)https://note.com/saori0717/n/n1cd9cd3d53fe

そうか。
私は創作初心者でこそあれ、人生の初心者ではない。
約30年間、さまざまなことがあり、その度に色々考えた。
その集大成が、作品になるだけだ。
少なくとも、場違いというわけではない。
人生を、総動員して挑んでみよう。

なぜ「言葉の港」を発想したのか

今回のテーマは「紙」。
私が応募を決めたのは、募集開始の2時間前、10月3日。
何にしようと考えているうちに、次々と完成した作品が流れてきて、
かなり焦った。

タイトルだけでも、すでに面白そうだ。
紙幣、恋文、書道家、トイレットペーパー、インドネシア、石板…

自分の分を出すまでは、他の人の中身は見ない。
知らず知らずのうちに類似作品を出してしまうかもしれないからだ。

私は創作初心者。
他の人と被った途端、表現力で負ける。
だから、発想からまず飛ばさなければならない、と考えた。

人類にとって、紙とは何か。

テーマが、紙。
なんの用途かはまだ決まってない、紙。

人類にとって、紙ってなんだろう?
紙って誰が発明したんだっけ。
確か、中国の「蔡倫(さいりん)」が発明したっていうのは聞いたことがある。蔡倫について、Chat GPTで調べてみることにした。

紙が最初に発明されたのは中国で、西暦105年頃とされています。発明者は、後漢時代の宦官である蔡倫(さいりん)です。蔡倫は木の皮、麻、布くず、魚網などの繊維性材料を原料として用い、現在の紙に近い形状を作り出しました。この技術は「蔡倫紙」として知られ、後にシルクロードを通じて世界中に広まりました。

ChatGPT-4o

「宦官」というと、「薬屋のひとりごと」にも出てくるあのイケメンのイメージが思い浮かぶ。

蔡倫が紙を発明するまでの「プロジェクトX」みたいな物語にする?
いや…無理だ。

中島敦みたいな文体の小説は、私にはハードルが高すぎる。
どこかで粗が出そうだ。

もう少し、紙の発明について調べてみよう。

紙は、情報を記録・伝達するための利便性を求めて発明されました。紙の発明以前、主に使用されていた書写材料には、竹簡(たけかん)や木簡(もっかん)、絹布、そして羊皮紙などがありました。しかし、これらの素材にはいくつかの課題がありました。
1. 竹簡・木簡竹や木を削って文字を刻み、これを束ねて使用していましたが、重量があり、持ち運びが不便でした。
製作にも時間と労力がかかるため、量産に向いていませんでした。
2. 絹布絹は軽く、文字を記録しやすいものでしたが、非常に高価なため、庶民が日常的に使用することは難しかったです。
3. 羊皮紙羊の皮を加工した紙(羊皮紙)も使われていましたが、製作に手間がかかり、コストが高いため広く普及しませんでした。
これらの理由から、安価で、軽く、書きやすく、保存が効く記録媒体が求められ、紙の発明につながったと考えられます。
特に、紙は「軽量・可搬性」「大量生産が可能」「保存性が高い」などの点で優れていたため、学問の発展や行政事務の効率化に貢献し、やがて世界中に広がることになりました。蔡倫はそれまで存在した技術を改良し、より質の高い紙を生産する方法を確立したことで、後の知識や文化の普及に大きな影響を与えました。

ChatGPT-4o

なるほど。
それまでの素材と比べると、紙は格段に便利で持ち運びもしやすい。
紙の発明は、一種の「情報革命」だったのだ。

皮肉を感じた。
今は、「ペーパーレス」と言って、紙がデジタルに置き換わろうとしている。
当時竹簡や木簡、絹布、そして羊皮紙の立場が、今は紙だ。

「蔡倫」の元に「スティーブ・ジョブズ」がやってくる!?

ということは、紙を発明した「蔡倫」は、当時の「スティーブ・ジョブズ」並みの発明家だ。

……ハッ!!

蔡倫の元に、未来からスティーブ・ジョブズがやってくるという設定はどうだろう。

蔡倫が、紙の発明に悩んでいると、
スティーブ・ジョブズが未来から、りんごかじりながらやってきて応援してくる
「誰だ!」
「私は、情報革命を応援しにきた」
….

ちょっと考えたやつ

いやほんと誰だよ。
りんごかじりながらとか…DEATH NOTEのリュークか!

…ハッ!!

DEATH NOTE!紙じゃん!


ダメだ。
DEATH NOTEは、DEATH NOTE自体でもう完成されてるんだ。
DEATH NOTE的発想で、それ以上のものは作れない。

ジョブズから離れろ!いっそ蔡倫からも離れろ!
紙の本質って何?紙が発明されたことでどうなった?

紙は言葉の乗り物

私は、さっきのChatGPTの答えで「情報がシルクロードを渡る」という答えが引っ掛かった。

人の移動は、限界がある。
疲労もあるし、寿命もある。
でも、人間の言葉が紙に乗れば、シルクロードを渡れる。
その言葉を発した人物じゃなくても、人伝で、言葉が時代も空間も越えられる。

そうだ。
紙っていうのは、言葉の乗り物なんだ。
どこまでも行ける。

乗り物…そうだ、船にしよう。
言葉を乗せた船。
言葉を組み合わせて船に乗せて、見送る。

そんな光景が思い浮かんだ。

そして、鉄の船(=デジタル、スマホ)が現れる。
速くて、一気に乗れる、便利な船。

「紙の船」VS「鉄の船」という構図にしてみよう。
タイトルは、言葉の港。なんだか、いい感じだ。

文字には相性があって、組み合わせによって物語になったり、詩になったり、情報になったりする、そんな風にしよう。

結末に悩む

「紙の船」を連想してからは、どんどん決まっていった。

老人が、回想している。
かつては紙の船だったのに鉄の船になった経緯。
紙の船に乗る。素晴らしい景色を見る。

…しかし、結末が決まらない。

メタフィクションの是非

最初は、メタフィクション(※)を考えていた。
(※作品の中で、あえて「作品」であることを言及する手法)

「紙の船」に乗った老人が眠くなって目を閉じる。

急に場面転換して、現代の場面になる。
主人公が「言葉の港」という、本を閉じる。
友達に「今紙の本読んでるの?時代は、電子書籍だよ。」と話しかけられる。「文字たちに、景色を見せてあげたくてさ」と言って、終わり。

最初に考えたメタ的展開

悪くはない。メタフィクションは意外性もあるし、物語全体に納得感を与える。

ただ…この話において、この展開はなんだかしっくりこなかった。
その理由は、3つあった。

1.おじいちゃんが報われない
→せっかく頑張って紙の船作った、乗せてもらったのに最後どうなっちゃうの!?死んじゃうの?

2.メタフィクションは却って冷める。
物語から一気に現実に引き戻されてしまう。もったいなくないか?
数年前、とあるゲームをベースにした映画がこの手法を使ったところ、大変な不評だったのもあり、不安だった。

3.解釈を一元化してしまう。
「紙の本」VS「電子書籍」というワンパターンの解釈になってしまい、その他の解釈を許さない雰囲気になってしまう。

また、文字数の問題もあった。
場面転換部を説明しようとすると、それだけで文字数を費やしてしまう。

一旦、メタフィクションを手放すことにした。

デジタルが席巻する中での紙の良さを改めて考える

結末を考えるにあたって、もう一回考えてみよう。
紙の良さ…ってなんだろう。

私は3年前、読書に電子書籍を導入した。
多少の心理的抵抗はあったもの、読んでみると…
「これでいいじゃん!」となった。

文学も、Kindle Unlimitedで読める。
いいじゃん、これで…内容を得るだけなら。
これで、いいんだけど…何かが足りない。

何かが、寂しい。なんだろう?

それは、五感だ。身体感覚。
ページを捲る音、紙の触り心地、表紙の彩り、未読の本が積まれていることのワクワク感、本棚、本を読むという行為に没頭できるということ。

読書とは、本の内容を得るだけでは収まらない。
五感の全てを使った、体験なのだ。

紙の本は、面倒なことも多い。
持ち運びも大変だし、形が崩れないよう気を配らないといけないし…
でも、その面倒なことに意味がある。

面倒さをどんどん捨てていたら、人生はつまらなくなる。
前々から考えていたことと一緒だ。

この、「五感を使った体験」を紙の「色」で表してみた。
早く得るためなのであれば、電子書籍でもスマホでも構わない。
でも、アナログの良さは、それを得る過程にあり、過程こそが人生を豊かにするのではないか、そう伝えようとした。

紙の船は、鉄の船よりも遅い。
だが、その過程が、乗っている言葉の旅を豊かにする。
それを、色の変化で表現することにした。

読書家として一番幸せな結末に

最後は読書家として、一番幸せな結末にした。
ぜひ、「言葉の港」を読んでみてほしい。

その他 気を配ったこと

私の創作初心者としての目標は、「最後まで読まれること」だ。
だから、とりあえず最後まで読める作品作りを心がけた。

また、老人の気持ちに言及しすぎないように気をつけた。
最初「大変」や「寂しい」というワードを入れていたが、
書いてしまうと却って浅くなってしまう気がして、読者の想像にお任せした。

おわり

以上が私の秋ピリカの振り返りである。
この振り返りは、あんまり読者を意識しないで、ただ伝えたいという気持ちだけで、書いてみた。

何回も言うけど、作品を人から評価されるかどうかよりも、
作品を作る、その行為自体が、尊いと思う。
それは、私だけじゃなくて、人間全員に言えることだ。

「人間は、虚構を作り、信じられる唯一の生物だ」と言われている。
フィクションを作れるのは、人間だけ。
古くは宗教を作って神を崇め、今だって会社を作ってブランドロゴを崇めている。全部虚構だ。

その虚構を作れる、自分の頭で新しい世界を作り出せる。

周りに広く愛されるものであっても、
一人にすごく愛されるものであっても、
誰からも愛されないものであっても、

物語の世界を作り出す、その行動、その頭の動き、それ自体がすごいことなのだ。人間にしかできないのだ。

来世で、人間になれるかは、誰にもわからない。
今、人間であること。
それを目一杯謳歌するために、創作し続けたいと思う。

おまけ 夫に相談してみたら

「言葉の港」を考えついたとき、「おお〜!」と思って、出張中の夫にラインしてみた。

夫にも、出してみてほしかった(笑)

#なんのはなしですか



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亜麻布みゆ📕言の葉みゆフィーユ チップのご検討、ありがとうございます。 3歳児を育てつつ、スキマ時間に創作を続けています。 いただいたチップは、家事の時短や創作時間の確保に使わせていただき、より楽しい文章をお届けする力に変えていきます。応援が本当に励みになります。

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